ちゅーがくせいのインフルエンサーと真実 ①

「ここか……」


 兄が遺したが怪異もとい都市伝説に関する本を読み漁り、そこから何か分かるのではないかと思った少女は怖い話好きな友人から怪異事件を専門に取り扱っている探偵の話を聞き、この場所へとやってきた。


 三階建ての雑居ビル。


 一階部分は厳つい顔をした店主が営むラーメン屋『おでん』。テレビの取材は一切断っているらしいが、SNSでは隠れた名店として週末の夜には行列ができるらしい。


(う……最近、こういうガッツリしたもの食べてないから、すっごく食べたい……っ!)


 ダイエットというわけではないが、今の自分はカリスマJCインフルエンサーみゆりんなのだ。そのみゆりんが映え映えじゃないものを食しているのを見られたら今までの頑張りが全て無駄になる。


(ん? ていうか、おでんのにおいがする……あぁ~~これが噂の極旨おでん!? 何で今日に限って私ってやつはぁ~~~~っ! って、ああもうそうじゃなくて、今日ここに来たのはお兄ちゃんとお母さんのためなんだから!)


 数日前、母の死を知った父がショックのあまりふさぎ込んでしまった。酒に弱い父はドラマでよく見るような酒浸りなようなことはしなかったものの、今は体調を理由に様々なメディア出演と公務を休んでいる。


 父は兄が亡くなった後、すっかり落ち込んでしまった母を支えてくれていた。それこそ仕事をドタキャンしてまで。


 しかし、ある日。母は失踪した。


 理由は分からない。部屋に落ちていた母の携帯端末を見たが、知り合いからの連絡が入っていただけで他に不審な点があるとすれば——


(アプリが並んでたけど、連絡用とかメモばっかだったな……ああ、違う。何か、不自然に空いていた場所があったような……?)


 兄が追っていた怪異アプリに関係するのではないか。そう思ったからこそ、少女は意を決し、ここまでやってきた。


「よし! じゃあ、突撃するぞー!」




「え、えーと……うわ、ボロ……ていうか、ここ何か魔窟まくつって感じするんだけど……」


 一階部分は比較的普通だったが、二階に上がると異臭こそしなかったが窓から見えた金髪と黒髪の人形が笑いながら窓に張り付き「おいでよ~」「ここはよいぞ~」などと言ってきたが、中にいる誰かに頭を砕かれていた。何これ。ホラーかな。


 そして、今、ようやく……


「な、なんなのよ……階段は別に普通の長さだけど、人形が動いて頭砕かれて―—って、いや、そんなんホラゲ実況とかでもあり得ない状況なんですけど!?」


 ゲームはやりたいけど志望校合格のためにできるだけ勉強時間を割くようにしている見た目とは裏腹に真面目な性分である少女は勉強の合間に見ているゲーム実況を思い出す。


 父にバレないよう叫び声を押さえているが、先程のは思わず叫んで逃げ出したくなった。


 そんな怖い思いで階段を急いで登ったせいか、やや息切れしていた。


「……はぁ、えーと……あ、ホントにある。この中にいるんだよね……」


 探偵に依頼する際には、それなりの金額が必要だが、それはカリスマJCインフルエンサーとして稼いだものがあるので問題ない。むしろ問題があるとすれば、ホラゲ実況を見るのは好きなくせに本当はお化け屋敷とかが苦手な己自身だろう。


「よし。んじゃ、カリスマJCインフルエンサーみゆりん……突撃だー! すいまっせーん。どもども~怪異に関係する事件ならなぁ~んでも解決しちゃうって聞いてきたんだけどぉ~……って、なんじゃこりゃ!!!」


 ライブ配信する時のギャル系口調で緊張を誤魔化しながらドアを開けると、更なる魔窟が広がっていた。


「あれ? みゆりん? あ、はじめまして~」


「は、はじめまして……です」


 応接スペースと呼ぶべきその部屋は書類で散らかっていた。ソファーには一晩中書類と格闘していたのか、ぐったりと横たわっている男性と目の下の隈が色濃く出ている眼鏡の女性が古ぼけた分厚い本を読み、ブツブツとつぶやいている。


 そんな中、少女に声をかけてきたのはどのインフルエンサーよりも輝いている長身の美女。


「どしたの~? 緊張してる? あ、大丈夫。これは先日の事件で無理しすぎた大人たちが、また更なる謎が出てきて色々調べ直してる最中だから」


「え……あ、はい……」


 女性にしては、やや低めのハスキーボイスの中に優しさがにじみ出ていた。しかし、インフルエンサーを名乗る身として、彼女のファッションに思わず口を開いていた。


「……って、その服。ブランドもの!? うわぁ……ゴシック調だけど、ロリータもうまく取り入れてて、今SNSで話題の!? チェックしてたけど高すぎて手が出せなかったから持ってる服を合わせて再現しようと思ってたやつ……」


「あ、そうだよ。結構高かったけど、まあ、俺こういうの結構好きだし……お店に行ったらサイズぴったりだったから思わず衝動買いしちゃったんだ」


「へぇー……って、よく見たら、お姉さん。メイクも——あ、ウイッグも服に合わせてるんですね。すごく似合ってます」


「ありがとう。君もその服、よく似合ってるよ。けど、もうそろそろ冷える時期だから生足もいいけど、ニーハイでも合うんじゃないかな」


「あー、わかります。実はちょっと迷ったんですけど、このショーパンでロングブーツで上はフリマアプリ使って購入した毛皮っぽいアウターだから——あー、でもよく考えたらブーツはショートにするべきだったかも」


「それもアリだね。けど、今日の髪型がツインテールだから、いかにもギャルって感じで俺は好きだよ」


「あ、ありがとうございます! って、そういえばお姉さんがこの事務所の秋吉って人?」


「違うよ。俺は情報屋——って、まあ、これは副業だから本業じゃないけどね」


「そうなんですね。じゃあ、その書類の中でアイマスクして寝てる男性が……」


「そうだよ。この人が秋吉さん。事務所の所長である美月さんは所用があって出かけてるけど、依頼なら……うーん……日を改めるべきなんじゃないかって思うけど……急ぎ?」


「あ、はい……急ぎというか……その……」


「……そっか。なら、悪いけど、書類片付けるの手伝ってくれる?」


「は、はい。いいですよ。ていうか、その人寝ちゃってますけど——」


「大丈夫。こうして―—はい、二人とも~……とっとと起きろ! 依頼人待たせてんじゃねえよ! このボケどもが!」


 優しい声から一変。事務所内を震わせるドスの効いた大声を張り上げ、二人がようやく意識を現実へと引き戻される。

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