不死者の嗤う聲 ⑤

 群れとなって襲い掛かってくるゾンビたちにも弱点はある。


 ゲームや海外ドラマで描かれているゾンビは大抵頭を潰せば動かなくなるというのがセオリーだ。


 しかし、この場にいるゾンビたちは瘴気が濃ければ濃いほど力が増してくるわ、頭を潰したり腕を斬り落としたり、体を爆散させてもすぐに再生してくるため、動きこそ早くはないが厄介極まりない相手であることは確かだ。


 そんな厄介すぎるゾンビたちの動きを止めたり、動けない秋吉に対し攻撃をしかけてくる相手の気配を察知して液状化した体を刃に変化させて斬っている秋吉。


 秋吉が動きを止めた相手を数珠で殴り、殴った部分を爆散させている一樹。


 後衛が秋吉。前衛が一樹という布陣で互いに協力し合って戦い続けるも、相手側のしぶとさにかつてないほど苦戦を強いられていた。


「てやぁっ! はいっ! ふっ!」


 正面・右・左と三方向から襲ってきたゾンビたちを殴り、殴られた部分である顔と胸と右肩は一樹の拳に込められていた雷により爆散。


 さらに一樹の背後を狙っているゾンビを秋吉が捕え、そのまま上に投げて斬る。


「くそっ……数が多すぎる!」


「ていうか、ゾンビたちのフィジカルは大したことないっすけど、キリなさすぎっす」


「だよな……」


「けど、あともうちょっとで朝っす。ゾンビって朝日に弱いんじゃなかったっす……か!」


 上から飛び掛かってこようとしたゾンビに数珠の珠を外し、そのまま投げつけ爆発四散させる。


「嫌な雨っすね~」


「お前のせいだろが」


「けど、見て下さいよ。粉々にしたっていうのにすーぐ再生が始まってるっす」


「うわぁ……」


 ゾンビの四肢は映像を巻き戻すかのように元の姿へと戻り、再び一樹へと攻撃をしかける。


 倒しても倒しても倒れることなく動き続ける死体は愉しそうに笑っていた。


 呻くのではなく、ただひたすらに彼らは嗤っていた。不気味に。おぞましく。不愉快に。


「……こうなってくると正直、ここにいる全員でっかい雷落として灰も残らない状態にしてやりたいぐらいなんすけど……」


 いつも通り笑ってはいるものの、少しイラだっている様子の一樹を秋吉が窘める。


「それは美月さんが手配ずみだっていう退魔師連中に任せておけ」


「わかりました、っす!」


 一樹たちが再び襲い掛かってきたゾンビたちと対峙した時——……


 パァン! 乾いた銃声が響いた。


「……あの人がこいつらを作ったんすね……」


 右斜め前から襲い掛かろうとしてくるゾンビが秋吉の蜘蛛の巣によって絡め取られ、その隙に数珠に雷を溜め、逆袈裟斬りの要領で右下から左上にかけて斬り捨てる。


「……事情は分からんが、敵の動きがわずかに鈍った。これなら——」


 視線だけで銃声がした方を確認し、そろそろかと感づいた秋吉は液状にしていた体を元に戻す。


「二人とも、ご苦労だった。そろそろ撤収するよ」


 それなりに距離があったが一瞬で二人へと近づき、左右から襲ってきたゾンビを銃で早撃ちして片付けながら声をかける。


「え? こいつらこのままにしておいていいんすか?」


「そうですよ。せめて退魔師が来るまで動きを止めておいても——」


 ダメージを与えても与えても復活してくるゾンビの群れを一晩中相手するのは正直キツいが、それでも被害を最小限に抑えるためならば秋吉も一樹もそうするつもりだった。


 が、しかし。


「……黒幕が自らお出ましのようだ」


 墓場の中央に大きくそびえ立つイチョウの樹。秋が過ぎ去ろうとしているため黄色く色づいた葉こそ少なかったが、三日月の僅かな光さえ跳ね返してしまいそうな白く美しい狐が悠然と座っていた。


「こんばんは。今日はいい日ね」


 ニコリと微笑み、落ちてきた葉を指先で弄びながら、三人に視線を向けることなく話し始める。


「まさか私の可愛い端末がやられちゃうなんて計算外だったわぁ。けど、電子の海の中に潜ませたところで人間を支配するどころか意外や意外。人間もさすがに抵抗力っていうのがあるのね。だぁから、体調不良ぐらいで済んだのよ」


「……なるほど。お前の目的は人間を自らの支配下に置くことか」


「やぁだぁ。そんな支配下に置くだなんてぇ~~……けど、全部を全部支配したところで私にとっては住みにくいもの」


「さんざん色んな為政者を誑かして国まで傾けた化け狐風情がよく言うね」


 シリンダーに銃弾を込めながら嫌味ったらしく返す美月。


「あらぁ? 貴女こそ、本当は人間を支配下に置きたいんじゃなぁい? 昔はあれほど、お強かったのに随分とお変わりになったんですねぇ……怪異王」


 バァン! 再び銃声が響く。


「……ふぅん。そんなおもちゃでも中々のものなんですねぇ、避けなかったら死ぬところでしたよぉ」


「お前がそんな簡単にくたばるとは思ってないさ。それよりも、聞きたいことがある」


「何でしょう?」


「怪異アプリを作ったのはお前だな」


 銃口を未だ悠然と座っている九本の尻尾を持つ美女に向ける。


「そうよ。作ったのはいいけど、アレは粗悪品。今の技術を使って人間をコントロールできるかどうか試したかったんだけど、できたのはせいぜい負の感情を抱いている人間がやりたいけどやれない、みたいな行動を取らせるぐらいしかできなかったわね」


 それがどうやら最近起きていた自殺未遂の原因であるようだ。


 しかし、


「だとしたら、土浦美夜の自殺と、このゾンビたちを生み出した金城美優里が怪異化した原因はお前じゃないとでも言うつもりか」


「いいえ。彼女たちが怪異アプリに接触したのは確実。だけど、そこに違う何者かが私に化けてまでそういうことをしたのは確か」


「ほう……言い訳にしては随分と上出来じゃないか」


「言い訳ではなく事実よ。ま、そこに辿り着けば、真実が見えるんじゃないかしら」


「……いいだろう。真実に辿り着けば、お前は大人しくお縄についてくれるんだろうな」


「さぁ、それはどうかしら。まあ、でも、一応今回の私は黒幕だから、助言はここまで。じゃあ、またね。怪異王とその探偵と——あら、あなたは……へぇ……そっか……そういうことか……」


 上る朝日と共に九尾狐は消えていくのであった。

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