狂愛。 ②
妹が自殺した後、葬式は息子である土浦彰大くんと近所住人たちによって小さな斎場で行われた。
私と夫の存在に関しては彼に知らせていない。それどころか、できるだけ彼に接触しないよう気をつけていた。
だけど、彰大くんは私の息子である大輝に接触し、とある村の祭りの手伝いをしに行ってしまった。
行かせなければよかった。
怪異庁に所属する退魔師がやってきた時、彼らは沈痛な面持ちで二人の死を告げた。
あまりにも信じられない出来事に私は言葉を失った。
こういったことに関しては報道規制されているらしく、メディアに取り上げられることはなかった。
大切な妹を喪い、息子と甥を亡くした。
残っているのは、夫と娘だけ。
それでも、どうしても、私は諦めきれなかった。
だからこそ、怪異アプリを始めて開いた。
そこには何も無かった。
だけど、在った。
声が響く。
『あなたの願いは?』
耳朶に心地よく響く甘い声に全身が震える。
「わ、私の願いは…………っ、妹を……死んだ妹を生き返らせたいっ! 大輝も! 彰大くんも! みんな、みんな―—……死ななくてよかった……のに、何で……何でよぉ……私はただ……」
気づけば、携帯端末からあふれ出す光と共に立体映像が浮かんでいた。
白く、美しい、九本の尻尾を持った狐の女神。
彼女のしなやかな指先が私の頬に触れる。
『いいだろう。ならばお前にこの知識を授けよう』
指先が頬から額に移動する。そして、目の前にいる狐が微笑む。
「……ッ! ぁ、あ、ぁあ……っ、が……ぐ……ッ!」
頭の中に知識が一気に流れ込んでくる。痛い。あまりにも膨大すぎる知識量に頭がついていけなくなりそうだ。
だけど、それらが与える痛みに奥歯を噛み締めて耐える。ひたすら耐え続ける。
そうして、どれくらいの時が経ったのか――
「はぁ……はぁ……はぁ……っ、この知識さえあれば、私は妹を取り戻せる……ううん、妹だけじゃない。息子もあの子も——みんな、生き返らせられる……」
全身が汗まみれで気持ち悪かった。それでも、与えられた知識全てをようやく理解した爽快感に満たされていた。
「じゃあ、後は……実践するのみね……」
■
与えられた知識は『死霊術』。禁忌とされている知識らしいが、骨の一片からでも人間を再生できるという。
「そのために必要なのが生きた人間ってわけね」
本当は罪もない誰かの命を奪ってまで生き返らせる必要があるのかと迷いはした。しかし、そのような躊躇いはすぐに消えた。
「…………え?」
最初は声をかけるだけのつもりだった。だけど、声をかけたその人間は目の前で何かに斬られたかのように血を吹き出し、腕を、足を、腹を、顔を、指先をもバラバラにした状態でその場で肉塊と化した。
信じられない光景に私は唖然とした。だけど、理解した。
——嗚呼、私はこうなってしまったのか、と。
だから、その日から家を出て、隠れられそうな場所―—怪異庁が立ち入り禁止区域に指定している工場跡に引きこもることにした。
こんな埃っぽい場所に隠れるなんて前の自分からすると信じられなかったが、今の私には丁度良かった。
夫のことは愛してなかったわけじゃない。中学二年生の娘も息子同様に愛していた。それでも、妹の事だけは諦めきれなかった。
だから、妹を取り戻せば、きっと息子も甥も返ってくる。
それだけを信じ、私は夜闇に紛れ、必要な部品を集め続けた。
そうして、ようやく妹を首だけとはいえ完成させた時、入ってこれないであろうこの場所に現れた人影。
一人は不気味な雰囲気を纏った男。
一人は無邪気に笑う少年。
もう一人は——……
見た瞬間。戦慄が走る。
サングラスをかけた緩い三つ編みをした長身の女性は首元を隠すようなハイネックのシャツにジーパンにスニーカーというカジュアルな服装に灰色のコートを羽織っていた。
特に大したことのない普通の女性だと思えるかもしれない。
だが、それはかつての自分であるならばそうだったというだけで、今の私から見える彼女の存在はあまりにも強大で強烈だった。
それが確信へと変わったのは、妹の頭が彼女によって破壊され、そして——
「金城美優里。君のような聡明な女性を喪いたくはない」
「…………あ、あ、ぁ……」
引き金にかけられた指から視線を上にしてみるも、サングラスで隠された彼女の瞳は見ることが叶わなかった。
「だが、怪異と化してしまった君は今日まで色んな人間の命を奪った。だから、今ここで、逝くがいい」
パァン、と乾いた音が響く。
嗚呼、ようやく、私は————……
「言っておくが、君は妹さんと同じ場所には逝けないよ。命を多く奪ったんだ。せめて地獄で己の罪を悔いるがいい」
やっぱりね。そうよ。わかってた。妹も息子も甥も死んでしまった。彼らは何の罪もなく、ただ何かに巻き込まれて命を喪った。私は何がしたかったのだろう。怪異から知識を得て、それを実践して、結局できたのはあの動く死体たちと物言わぬ妹の生首のみ。知識を得て、力まで得て、それでも人間である私がそれを実行した所で出来損ないが生まれるだけだ。
だから、最期に会えてよかった。
「か、ぃ……いの王……さ、ま……」
怪異の頂点に立つ王に。
王によって処罰されるのであれば、この命など惜しくない。
私は迷わず地獄に墜ちましょう。
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