不死者の嗤う聲 ④
風俗街の先にある墓地。更にその奥にある工場跡。十年前までは稼働していたらしい自動車工場だったが、会社が倒産した際に爆発事故が起きたらしく、今も所々に酷い焼け跡が残っている。
事故に巻き込まれた犠牲者が多く出たことにより、死んだ人間が幽霊としてさまよっているという噂が五年前にネット上で噂され、多くの若者たちがこぞって訪れては瘴気に取り憑かれ体調不良になったり行方不明になったりした者が多く出たことにより三年前怪異庁が調査を行う。その結果として結界を張り、立ち入り禁止区域に指定した曰くつきの場所。
怪異庁がSNSで定期的に注意勧告してるのにも関わらず、今でも墓地の近くまで行って生配信を行っているバカな奴もいるらしく、その配信途中で何を見たのかおおよその察しはつくものの高額の良い機材を放り出して逃げた奴もいるようだ。
「これは品質の良いカメラなのに随分と酷いダメージを受けているようだね」
墓地の近くに捨ててあったカメラを拾い上げ、美月が楽しそうに笑う。
「画面が割れてるようですが、これって再生できるんですかね」
「無理だね。途中まではうまく実況できているけど、工場に入ろうとした瞬間に映像が途切れる——というよりは、何か見たんだろうね」
「美月さん。けど、この周辺って怪異庁が立ち入り禁止区域に指定した際に土御門さんが何人かの退魔師と一緒に結界張ったんじゃないっすか?」
「そうだよ。三日かかったって聞いた。それぐらい瘴気に満ちてたからね……んー……でも、ちょっとだけ綻びがあるな」
先程拾い上げたカメラを元の場所に置き、手をかざして周辺を探る。
「……誰かが無理矢理こじ開けて中に入ったか……バレないように偽装工作してあるけど雑なやり方だね」
「分かるんですか?」
七割は人間ではない秋吉としてもある程度視えてはいるものの、美月が言うような細かい綻びは見当たらない。
「分かるさ。少なくとも、この綻びがあったからこそ今回の依頼者はあの工場跡まで辿り着いてしまった。通話越しに声が聞こえた時点で逃げ帰っていればよかったものの……まあ、よほど心配だったんだろうね」
「失うのは辛いっすからね」
「ああ。だが、あんな場所にゾンビ——不死者なんていると思うかい?」
「俺は何かの見間違いだと信じたいです」
「だろう。しかし、結界越しとはいえ瘴気に満ちすぎている。何かがいることは確実だと思った方がいいよ」
そうつぶやくと同時に美月は綻びだと思われる場所に右手を突っ込み、そのままこじ開ける。
「じゃあ、二人とも。私の後に続いてくれ」
「はーい」
「……お、おう……」
出会って三年になるが、相変わらず規格外すぎる上司に秋吉は頬を引きつらせるのであった。
■
墓地そのものは瘴気に満ちていたが、濃度そのものは比較的薄かった。
「幽霊は相変わらずその辺にうようよしてるっすけど、害はないっすからね~」
「……まあ、そうだろうが、見てていいもんじゃねえよな」
幽霊というのは生前に強い想いがあった人間の残留思念のようなもので悪霊になることは稀である。
しかし、その奥にある工場跡から漏れ出している濃度の高い瘴気により、悪霊化し始めている霊を適当に掴んでは投げ、裏拳で殴り飛ばす美月について行っている二人は違う意味で脅威を感じていた。
「美月さん……悪霊ぐらい無視しとけばいいんじゃないっすか?」
「そうなんだけどね……あの工場跡から出てる瘴気のせいで悪霊化が進んでるし、ていうかそのせいで通りにくくなってるからこうして殴ったり投げたりしておけば、明日の朝辺りに駆け付けてくれる手筈になっている退魔師連中がうまく成仏させてくれるよ」
「なるほど……ボクもこの前、電撃で幽霊やっつけようとしたっすけど、結局建物全壊させて燃やすぐらいしかできなかったすっからね~」
「……それについては本来なら経営側から苦情が来てもおかしくなかったけど、一樹が大暴れしてくれたおかげでその経営してる側の闇が出てきたから結局のところ修繕費用は請求されなくて済んだし、幽霊騒ぎの原因も解決できたから結果オーライだったね」
「あん時の騒ぎの原因である兄ちゃんは退魔師としての才能を見出されたから今修行中らしい。って、まあそれはいいとして……お前、さすがに今回は力を出し過ぎるなよ」
「大丈夫っす! 冬華ちゃんお手製のこれがあるっすから、何とかなる! ……多分」
「いらん一言が聞こえたような気がするんだが、まあいい」
「ああ、そういえば聞きたかったんだけど、その数珠はどういう仕組みなんだい?」
「これは——……って、美月さん。工場跡に誰かいるみたいっす」
「ん? あれ? 幽霊、ではなさそうだけど……」
「お前ら何を言って——……はあ?」
誰もいないはずの工場跡から出てきたのは、人だった。
夜闇の中でも分かる程、血の気のない青ざめた顔色をした人々。
瞳を奪われた者。右腕を失った者。体のあちこちが食い破られている者。両足を奪われ両腕で這いずってくる者。顔半分が無くなっている者。
それら全てが美月たち三人に向かって呻き声を上げながらゆっくりと迫って来る。
「マジでゾンビかよ……」
「あ、あっちにいる人、テレビで見たことあるっす!」
「はあ? って、おい……あの女、金城美優里……?」
「ふむ。最近、彼女の様子がおかしいとネットがザワついていたが——……ふーん……ああ、そういうことか……」
美月が視線を向けた先、ゾンビたちの向こうにいる女性は自分と似た顔をした生首に頬ずりをして何かを囁いている。
「愛してる……愛してるわ……美夜……ああ、本当に……綺麗よ……美夜……私のたったひとりの大切な妹……そして、ようやく私の……私だけの美夜になった……嗚呼、ああ、あア、嗚呼、ああ……」
狂愛、とでも呼ぶべきだろうか。執着に似た感情をあらわに不死者の中で嗤い、頬を舐めるその姿は淑女ではなく別の何かに見えた。
「……はぁ……本当に不愉快だ……」
自身に迫る顔を半分失ったゾンビを右足を振り上げて蹴り潰す。
「秋吉」
「何です」
「ここのゾンビたちは頭潰したぐらいじゃ死なないから、一樹と一緒にそれなりに本気で相手しておいてね」
「は!? ……って、マジかよ。再生すんのか!?」
「わーい。じゃ、頑張って本気出すんで秋吉さん、サポート頼むっす!」
「待て! ちょっと話を——ああ、もう、そんな暇ねえな!」
次から次へと出てくるゾンビたちを二人に任せ、美月は進む。
「愛ってのはいつの時代も色んなものを狂わせる。それこそ、私のように―—ね!」
コートの内側に仕舞っておいた拳銃を撃った。
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