不死者の嗤う聲 ②
「はい。クリームソーダ丼ひとつ」
「…………え、ええ……?」
厳つい店主が持ってきたのは、大きな器。そこに入れられたメロンソーダの中に投下されているのは大量のバニラアイスと生クリーム。上に乗っているさくらんぼとミカンが彩りを添えている甘味好きにはたまらない一品なのだろう。
(いや、中華屋が何でこないなもん作っとるんや)
決してSNS映えしそうもないただ甘いだけの塊を目の前にいる陰鬱な目つきをした男は目元をわずかに緩ませて嬉しそうに食している。
あまりにも似合わない絵面に峠坂はやや引いていた。
「あ、あの……秋吉、さん……ですよね……?」
「ん? ああ。アンタは初めて見る顔だな。新入りか?」
既に半分食べてしまっている上に味変でテーブルの端に置いてある一味唐辛子をかけ始める。
「は、はい。僕はその、峠坂裕次郎いいます」
上司であり配属されたばかりの自分の教育係でもある京極に対しては思わず素を晒してしまったが、峠坂はできるだけ標準語を喋るようにしている。
(こいつが怪異専門探偵か……えらい不気味なやっちゃなぁ)
不愛想が故に見る人によってはマイナスに見えるかもしれないが、そもそも見た目からして恐ろしい男だった。
落ちくぼんだ瞳は白目部分が多い三白眼。オールバックに撫でつけた髪。背が無駄に高いくせに若干猫背気味な所も含めて探偵というよりは不審者に見えなくもない。
しかし、峠坂は狐の血を少しとはいえ引いている身としてはこの男の体の半分以上が怪異そのものであることに恐れを抱いていた。
(つか、怪異が人間の体乗っ取るんなら分かるんやけど、こう、上手いこと融合するなんてあるんか?)
だからこその怪異専門探偵なのだろう、と一人納得していた。
怪異を祓うおよび逮捕に関する権限を持っているのは怪異庁に所属する退魔師の仕事というのが一般常識となった現代において探偵など無用の長物。
——と、思われているが、実際はそうでもない。
古くからの伝承を頑なに守ろうとしている集落や新たに設立された謎に満ちた宗教団体に近づくためには、一般人を装える探偵が必要との事。
「ふーん……俺は秋吉清司。アンタと一緒に来た京極さんは俺の先生だ」
「聞いてます。で、今日は貴方の事務所の所長さんから依頼された例の自殺のことなんですが——」
既に自殺と断定された彼女に関する情報を集めてほしいという話が来た時は実に無駄だと思ったが、実際やってみると彼女に関する情報は思いの他集まった。
結論から言うと土浦美夜は自殺するような人物ではないことがよく分かった。
しかし、同じアパートに住んでいた女性から得た情報によると、彼女は自殺する一週間前誰かと会っていたという。
その女性をどこかで見たことがあるような気がしたという理由で隠し撮りしてしまったという画像は光の加減でうまく見えなったが、現在、科学捜査班が解析している。
会っていた人物が分かれば、自殺ではなく他殺の可能性がある。京極も峠坂もそう考えていた。
しかし、それが分かったところで今でこそ収まりつつあるが『怪異アプリ』という謎の存在によってここ一か月か二か月に渡って自殺未遂が起きているのは事実。押収品の中にあった彼女の携帯端末の中にもそれらしきアドレスが送られてきた形跡があったが、実のところアクセスしたという記録は無い。
(携帯会社に問い合わせて調べてもろうたけど、まああんなデタラメなもんに普通アクセスするわけないやろ)
峠坂自身の端末にも送られてきたことはあったが、あんなものに怪異が関わっているとは思えない。
しかし、聞き込みを行う前に訪れた生前住んでいた部屋を見ると、同類の気配が残っていた。しかも、格上の。
だからこその怪異専門探偵。頭では理解していても、目の前にいる不気味さを隠そうともしない奴の力を借りなけらればならないことに峠坂は不満を覚えていた。
■
聞き込みで分かったことを峠坂が伝え終えたところで、それまで黙っていた京極が懐からUSBメモリを差し出す。
「お、さっすが京極さん。この中に色々入ってるんですね」
「ああ。さっきこいつが言った土浦美夜だけじゃなく、ここ最近の自殺者および自殺未遂者のデータが全部入ってる」
出されたUSBメモリを受け取り、懐にしまう秋吉を見て、これでようやくこの場から解放されると内心ホッとしていると——
「あ、そうだ。二人とも、田中ゲーム、って知ってます?」
「……ああ? そういや書類作業が溜まってた時、残業してたんだけどよ。若いのが休憩中に面白いから一緒に見ませんかって感じで見たことならあるな」
ゲームそのものはやらんけど、と京極が水を一口飲む。
「つい先日なんですが、その配信を見た人間と配信者が謎の体調不良に襲われるっていう事件がありまして」
大きな騒ぎにこそならなかったが、生配信を行っていたプレイヤーおよび視聴者たちが体調不良になり、中には入院を報告していた奴もいたなと峠坂が思い出す。
が、この老刑事は、
「そりゃあ、映像の見過ぎとかそんなんじゃねえのか?」
視える側の人間ではあるものの、ゲームどころかSNSに関わりが薄い人間としての真っ当な意見を述べる。
「それだったら目の痛み程度で済みます」
痛みどころか疲れるし瞬きしないからドライアイになるんやけどな、とツッコミたいがさすがに堪えた。
「それもそうだな。で、それがどうかしたのか?」
「いえ……今日、会ったばかりで非常に申し訳ないのですが、その新人——狐ですよね」
隠す気はないけど、やはり見抜かれていたらしい。
「まあ、狐の血を引いてるってのは上の奴らから聞いてっけど、こいつ自身が何らかの害を及ぼしたってのはねぇよ」
配属されてまだ二か月程度だが、この姿のまま長年生きていると色々と厄介だから住む場所と職は散々変えてきたからなぁ―—……もしかして、この男とワイどこかで会ってるんちゃうやろか。
なんて思っていると、
「あ、いえ。彼を疑う訳ではないのですが——ちょっと、これ見てもらえます?」
秋吉がコートの内ポケットから取り出した携帯端末に映し出されたのはユーキから送られてきた解析済みの画像。九本の尻尾を持った白い狐の後ろ姿。
「……九尾、狐……」
思わず口に出してしまったことにしまったとばかりに口を押さえるが遅かった。
「さすがに知ってますね。で、峠坂さん。アナタ、この狐に関して何か知りません?」
知っているも何もこの狐は百年前に封じられたはず——……何故……?
狐の中でも最も忌むべき存在であり、そして峠坂にとっては——……
「……知らないです」
知られたくない。自身が二十歳で年齢を止め、生き続ける原因になった理由がこの狐を助けてしまったことによるものだなんて。
(そのせいで、ワイは……ッ!)
「そうですか。じゃ、食うもん食って、受け取るべきものも受け取ったんで俺、帰ります」
クリームソーダ丼の値段分の金を置いて、秋吉はさっさと立ち去っていった。
彼が去ったことにより緊張の糸が解けた峠坂は既に氷が溶けてぬるくなった水を一気に飲み干すのであった。
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