不死者の嗤う聲 ①

 残り少ない白髪混じりの髪を掻きながら手帳に文字を書き込んでいく老刑事に対し、隣にいる背の高い糸目の青年が妙齢の女性に質問する。


「あの人は本当に良い人だったわ。不器用だったけど一生懸命で……ええ、だから、その……あんなことが起きるなんて……」


「ですよね。だからこそ、聞きたいんです。土浦美夜さんが自殺したと思われる前日、あるいはそれ以前——何かおかしな行動をしていなかったか、を」


「……そう、ですね……これでいいのか分からないんですが、あの、一週間ぐらい前に——」




「ところで京極先輩。これほんまに怪異が関わってる思ぉてはるんでっか?」


「知らん。俺ぁ、上から命じられたことをやってるだけだ」


 関西訛りで喋る男は真っ赤に染まった激辛チャーハンを食べながら、向かい合って座る老刑事に既に分かり切っていたことを聞く。


「ですよね。ていうか、ここ中華屋なのになんで名前が『おでん』なんやろ?」


 店内にいるのは自分たち二人と今やレアと化してしまったブラウン管のテレビを見ながら包丁の手入れをしている若い女性とこれから来るであろう夕方の客のために材料を切ったり、スープの仕込みをしている筋骨隆々とした大柄な男性。計四人だ。


 彼は沈黙が嫌いなワケではないが、ここ最近感じる奇妙な気配を紛らわすために自分と組んでくれている先輩に話しかけた。


 どうでもいいことを聞いてしまったと思っていると、ずんぐりむっくりとした体形に似合わずラーメンのスープをちびちびとすすった京極が少しの間を置いて答える。


「……寒い時限定だが、ここで出されるおでんが病みつきになるレベルでうまいんだよ」


「へぇ~……あ、ほんまや。ぎょうさん書き込まれてはるわ」


 片手で携帯端末を操作し、口コミサイトを閲覧するとすぐに出てくる高評価の嵐。こんな場末に名店があるとは、などと感心しながら激辛に更なる激辛ソースをかけて食べていると、


「ていうか、お前、そのエセ関西弁どうにかならんのか」


 なんて言われた。そういや、この人の前でこの喋り方をしたのは今日が初めてだった。しまった。できるだけ行儀よくしておこうかと思ってたんやけど——……


「無理ですわ。だってワイの親転勤族で色んなとこ行ってたから、そのせいで口調がおかしなってしもうて……ていうか、聞き込みする際は標準語喋ってるんで堪忍して下さいよ。先輩」


 とりあえず場をごまかしておこうと冗談めかして言ってみるが、どうやら目の前にいる彼は自分の喋り方に気を悪くしたワケではないようだ。

 それどころか、


「……いや、それは別にいいんだが……お前、俺よりまあまあ年上のくせに先輩って言うな。やりにくい」


「……え~……と?」


 そこか、なんて思ったのと同時に彼は思う。


(ワイが狐の血を受け継いでいて、そのせいで体の年齢が二十歳ぐらいで止まってしぉて百二十年ぐらい生きてるってぇのは上の人にしかいうてへんのやけど……?)


「峠坂。俺が何で怪異絡みの事件ばっか追ってるんだと思う」


「え、ええと……」


「俺の教え子であり部下が三年前、怪異に体の七割を奪われたからだ」


「……はい?」


「俺自身は普通の奴よりも色々視えちまうし、あの日も止めるべきだった」


 後悔してるような彼の言葉に峠坂はこの老人が警察署内で変人と呼ばれている理由を垣間見る。


「だから俺ぁ、お前のような怪異たちが起こす事件を専門に追うことにした」


「……ですが、ワイらのような警察が怪異を逮捕することはできへんのちゃいます?」


「逮捕しようなんて思ってない。俺ぁ、ただ許せないだけだ」


「許せない、ですか?」


「ああ。あの日、相棒と一緒に事件を解決しに向かったアイツを止めていれば、あんなことにはならなかった。そして、ああいう事象を起こした怪異を俺ぁ心底憎んでいる」


「……!」


「怪異に関する事件に対し、俺らは何の解決も逮捕もできない。だが、情報をある程度集められる立場なら利用してもらうのが一番だ」


 ガラガラと店の引き戸が開けられる。そこにいた男は人間だった。しかし、同時に怪異を内包しているのが一目で理解できるほどに瘴気を感じる。


「それがたとえ、元教え子だとしても、な」


 それが峠坂とうげざか裕次郎ゆうじろうと秋吉清司の出会いだった。

 

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