その頃の事務所
「あれが噂の雷神か……ま、大したことないね」
秋吉探偵事務所がある雑居ビルから遠く離れた建物の屋上から三人の様子を見下ろしている人物がつぶやく。
「とはいえ、奴らに私の尻尾を掴ませてしまったのは事実。放っておいた端末たちは回収しておくか」
やれやれ、とばかりに右手の人差し指で空中に現れたパネルを処理していく。
「アプリは――まあ、アレは粗悪品だな。さすがに人命を奪ってしまうとは計算外……でもないか。だが、アレにそのような機能は無い。だとしたら、人為的な力によるものか? わからんな。そうまでして人は人を殺したいものなのか? 理解に苦しむ――と、あの女……ふぅん……」
口元を三日月のように歪め、尻尾の先から一本の白い毛が抜ける。毛は即座に鋭い刃となり空中に固定される。
「……ばぁん! ってね☆」
軽々しい声とは裏腹にまだ闇に染まっている朝の空気を斬り裂くが如く、光の速さで進む刃。
「これは宣戦布告だ。なぁ、■■■よ」
■
感動に涙を濡らしつつも、インターネット世界から帰ってきた一樹から酷い頭痛を訴えられた秋吉は事務所の奥にある台所に引っ込み、水と薬を用意していた。
そうして、応接スペースにあるデスクトップPCで先程のやり取りが音声のみとはいえ流れていた上に“狐”という単語に反応した視聴者たちが次から次へと自分たちが知っている情報を書き込んでいた。
『何が起きた?』
『てか狐と聞こえたんだが?』
『狐って怪異だよな?』
『怪異に決まってんだろ。常考』
『傾国の美女っていうアレ?』
『あー昔漫画で読んだ。なっつ』
『いやちょいまち。おまいら。狐って怪異庁が封印してるんじゃね?』
『そういや聞いたことあるわ。詐欺師の大半が狐の末裔で警察庁で大暴れしたとか』
『ああ、それニュースになったわ。けど怪異がいること自体まだ現実味ない』
『それな。けど、俺の親父怪異庁で働いてるし、封印されてる怪異ってマジヤバらしいぞ』
『ま? おいkwsk』
『一応、一般公開されてる範囲でしか答えられんが、封印にも色々あるらしくてな』
『あー、知ってる。第一級とか第二級とか格付けされてんだろ?』
『それ。狐に限らず、怪異の末裔というか人間と怪異の血を引いた奴らって俺らと変わらない感じでその辺にいるらしいけど、第一級と第二級指定されてる怪異って純血種らしい。だから、怪異庁のトップですら倒すことは難しいから長年にわたって封じられてる、ってこと』
『ああ、俺んとこのバイトにもいるなぁ……雪女の末裔』
『マジかよ。温め大丈夫?』
『本人に話聞いたことあるけど、人間との血が交われば交わるほど力が弱くなっていくのが通説らしいが、たま~にやらかす』
『どんなやらかし?』
『kwsk』
『温め終わった弁当を取り出す際に凍らせるという感じで』
『おいおいおい。なにそれ、逆に通いたくなる』
『客からクレーム来たことあるけど、ふつーに良い子だからクビにしてないけど、怪異って純血じゃなくても、たま~に隔世遺伝ってのがあるから妙な所で力に覚醒してしまう奴もいるんだとか』
『なるへそ。てか、今回我々の自由気ままなインターネッツに現れた狐って、いったいなんなん?』
『今回は助けてくれた奴がいるみたいだが、ウイルスよりも厄介かもな』
ウイルスよりも厄介だという点には美月も非常に同意した。狐はかなり厄介な怪異であることを知っているからだ。
「この件——まだ何かありそうだな……ッ!」
瞬間。左腕のみを上げ、窓を透過してきたそれを人差し指と中指で挟んで止める。
「……ほう。どうやら間違いなさそうだ……」
窓を透過してきたのは一本の刃。しかし、それはすぐ一本の毛に変わる。
「第一級封印指定怪異——『九尾狐』。随分とお早い登場だ」
PCに送られてきた画像は九本の尻尾を生やした後ろ姿。明らかに誰かが隠し撮りしていたのではないかと思われる画像だが、色んな配信であったラグ全てに似たような画像が次から次へと確認されているらしい。
「さすが、ユーキ。画像解析だけじゃなく、他の配信で確認された画像と情報までくれるとは……」
ただでさえ本業の風俗嬢との兼業であるにも関わらず、あの少年は相変わらず出来が良すぎる。
「冬華の目に間違いは無かった。そして、あのアプリも恐らく奴の仕業かな?」
椅子から立ち上がり闇を裂くように現れつつある太陽へと見えない目を向け、彼女は微笑む。
「ようやく、取り戻せる―—待っててくれ」
誰にも聞こえないよう三百年前に自分を助けてくれた少女の名をつぶやく。
今の自分の体の提供者であり、その力の代償に光を失い、あげくの果てにはその瞳を抉り取られた彼女の名を。
「奴が持っているかどうかは知らないが」
普段着けているサングラスを取る。
「九尾狐。私から逃げられると思うなよ」
そこにあるのは整った容貌とは裏腹に両眼の周辺に痛々しく刻まれた傷痕。光を移すはずの瞳は宝石で作られた義眼が入っており、左右それぞれが色違いであった。
エメラルドで作られた左目。
アメジストで作られた右目。
既に失われた視神経につなげてもいないその瞳に映るのは、愉しそうに嗤いながら屋上から去って行く狐の姿。
彼女から送られた宣戦布告を受け取った美月は——
「さて、さすがにこの毛は錬金術に使えるかもしれないねぇ……」
机の引き出しに仕舞っていたガラス製の透明な容器に毛を入れ、サングラスをかけ直した美月はPCの電源を切り、一階下にある冬華の工房へと向かうのであった。
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