田中ゲームに潜む怪異 ③

 薄暗い照明の中、所狭しと並べられたスチールラックには様々な物が置かれていた。


 それは七色に輝く壺だったり上半身が人間で下半身が魚の人形だったり、はたまた水槽の中でうごめく不定形の生き物だったり、髪が伸び続ける和装の人形だったりとおかしな物が置かれている。


 普通の人がここに来たら確実に卒倒しそうな程に禍々しい空間であるにも関わらず、その少女は悠然とした佇まいを崩すことなく上階からやってきた三人を出迎える。


「おお。誰かと思ったら、秋吉に美月さんに……そこの少年は……ふむ。お主はこの街では有名な“ゆきちゃん”じゃな」


「…………え? あ、あの、俺、メイクもウィッグもつけてない状態なんですけど……よく、分かりましたね……」


「知っておるよ。儂は物知りじゃからのぅ」


「あ、そうなんですか……」


「そう緊張せんでよい。お主の生き方を否定するつもりなどないよ」


「……え、ええと……」


 目の前にいるのは黒髪黒目の幼い容姿をした和装の少女。自分よりも年下であることは明白なのだが、喋り方のせいか妙な安心感がある。


「老人にとっては今の姿の方が可愛らしくてよい」


「あ、ありがとう、ございます……?」


 彼女から発せられた老人という単語にひょっとしてと隣にいる秋吉を見る。


「冬華さん、若者をからかわんといて下さい」


「ほっほっほ。いやぁ~、ここに若くて可愛らしい“いけめん”が来るなんて思ってなかったからのぅ。ついつい」


「ユーキ、この人は一樹と同い年の九十七才のご老人にして今となっては稀少な錬金術師の一人だ」


「は……? 錬金術師って、あの……」


 情報屋をやっている以上、ユーキはその存在を知っている。


 錬金術師。


 世界に漂う力を自在に操る魔道士や自らの内に在る力を行使する退魔師とは違い、研究者でありながら無から有を生み出し、彼らの知識と力そのものが究極に達した暁には世界が変わるという大きな存在。


「現在確認されているのは七人。そのうちの一人が彼女だ」


 ゲーム仲間である美月から言われても未だに信じ切れない様子のユーキに冬華と呼ばれた少女がコロコロと可愛く笑う。


「いかにも。儂は錬金術師じゃ。見た目がこうなってしもうたのも、研究の途中でちとやらかしてしもうての」


「やらかしたというよりは巻き込まれたんじゃなかった?」と何かを知っているような美月に「そうじゃの」と過去を懐かしむように窓の外を見ながら、


「……しかし、あれは儂も荷担したようなものじゃし、巻き込まれはしたものの過失であることに違いない」


「そっか」


「さて、それよりも、お主らがここに来たのには何か作ってほしいものでもあるのかの?」


 両手をポンと合わせて小首をかしげてみせる彼女に秋吉が言う。


「今、インターネットを介して感染症のようなものが広がっている」


「ん? んん? 儂はその“いんたーねっと”に関してはほぼ素人というか、連絡を取る手段としては楽じゃからめぇると通話ぐらいならなんとか使える程度じゃぞ」


「冬華のことだから、そうじゃないかと思ったけど……」


 嘆息混じりに腕を組む美月にユーキが彼女と目を合わせるようにしゃがみ、念のためにもってきておいたノートPCを起動させる。




「……ほう。いんたーねっとというのは世界中の誰かとつながれるという……」


「で、特にここ最近流行っているのが、このゲームの実況で――」


「おおぅ!? 絵が動いておる! 表情も変わるとは……最新技術とやらは凄いんじゃのう……」


「でしょう。ですが、これをライブ配信している時に奇妙な現象が起きまして――」


「……ふむ。今見せてもらっているのは生配信を録画しておいたいわゆる“あーかいぶ”というやつじゃな」


「そうです。左側がその時に視聴者が書き込んだコメントなんですが――」


「お主が言う通り、盛り上がるべき部分で急激に遅くなっておるのは分からなくもない。しかし、こういった方法でつながれるとは……ん? 画面が一瞬おかしくなった気がするんじゃが?」


「! 画面が!? す、すいません。冬華さん……どんな感じか教えてもらえます?」


「よいぞ。もう少し前のところなのじゃが――」


 冬華がユーキからインターネット講座を受けている間、秋吉と美月はこの空間を見て回るまでもなく、彼らが見返していた映像を一緒に見ていた。


「……確かに。何か見えたな……」


「秋吉にも見えたようだね。ていうか、このアーカイブは――ねえ、ユーキ」


「どうしたんですか、美月さん」


「この配信はいつ行われたのかを教えてほしいんだけど」


「あ、これは今が昼――ああ、いや、もう夕方か……それじゃ、配信主のSNSをチェックしてみるよ」


 カタカタとキーボードを操作し、表示されたSNSには昨日の日時と時間が表示されていた。


「配信を始めたのは、夜二十二時。あ、そうそうこの人も耐久配信だから、終わったのが……四時四十四分……? え? こんな落ち方ってあるのか……?」


「? ああ、そういや、落ちる時はだいたい挨拶というか締めの言葉を言ったりするんだよな」と秋吉。


「……ユーキ。そのアーカイブ、終わりに近い部分から再生してくれない」


「……わかった」


「ふむ。儂も賛成じゃ。見間違いでなければ、この件、かなり危ないかもしれんぞ」


 美月と冬華に従い、終わりに近い部分から再生を始める。


 この配信者はいわゆるバーチャルユーチューバーといわれている存在で見た目は線の細い男性だ。キャラ設定としては庶民の遊びを知るためにバーチャル化した王子様らしいが、その見た目とは裏腹にカードゲームマニアであるらしくパック開封配信でレアカードを引いた時のリアクションが面白いらしい。


 しかし、今はこの配信後に体調を大きく崩したらしく一週間は入院せざるを得ない状況だとSNSで発表。


 そんな彼が入院する理由になったのは――……


「ユーキ。この部分の画像解析ってできる?」


「それなら、一旦家に帰ってからじゃないと難しいですね……」


「わかった。じゃあ、後は私と秋吉、あと……一樹も含めて三人で探ってみるから、できたら私に送ってくれ」


「分かりました。じゃあ、俺はこれで」


 ノートPCを閉じ、三人に軽く頭を下げ、そのまま去って行くユーキを見送った後、


「おーい、冬華ちゃーん。すまないっすけど、手袋が痛んじゃったっす~」


 呼び出そうとしたタイミングで佐倉一樹がやってくるのであった。

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