田中ゲームに潜む怪異 ②

「秋吉さん、田中ゲームって知ってる?」


 秋晴れにしては暑すぎる昼の中頃。事務所の扉を開けて入ってきたのはパーカー姿の眼鏡の少年。


「…………あ、お前、ユーキか?」


「あ、すんません。オフはこんな感じで」


 微妙にだが、喋り方もいつもと違う。


「……だよな。さすがにいつもああいう感じじゃねえのは分かってたつもりだが、久々に見ると新鮮だな」


「で、話を戻しますが、ゲームのこと知ってます?」


「今、色んな配信者がやたらと実況してるアレだろ」


「あ、やっぱり。で、美月さんはプレイしたことある?」


 秋吉が座っているソファの後ろにある事務机でサングラスをしたままハードカバーの本を読んでいる美月が頷く。


「あるよ。ダウンロード専用でしかもお値段は二百円。発売、というよりは配信開始された時ににちょっとだけ」


「さすが。で、今日俺がここに来たのは、そのゲーム実況で配信者と視聴者が次から次へと体調不良に陥ったということなんだけど――」


 私物のノートPCを素早く起動させ、SNSに書き込まれたユーザーの声を見せる。


「……入院したやつもいるのか」


「ああ、例の耐久配信以外にも似たような事例が発生してるようだね」


「例の?」


「ユーキ。秋吉に説明よろしくね」


「オーケー。そもそも、このゲームの実況配信が流行ったのは今でこそよく見かけるバーチャルユーチューバーがプレイしたのがきっかけ。

 ゲームのルール自体はシンプルな落ちゲー。

 次から次に社長が出してくる有名な苗字が書かれた名刺を落として、くっつけて、最終的に『田中』にする。

 一番小さい名刺が『高橋』で、その次が『伊藤』。

 で、さらに次が『渡辺』『吉田』『井上』とここまでの名刺は出されるんだけど、ここからがポイント。

 まずは『井上』同士を合わせて『山田』にして、さらにそこから『佐藤』、そして『鈴木』にまでするのが結構難しい。

 けど、『鈴木』を作ったらあとはもうひとつ『鈴木』を作って『田中』になるまでが中々うまくいかなくて、そのまま積んで終わるってことが多い。

 それでも、落ちてくる苗字がくっついて変化する時の音とか、名刺が転がったりするから、中々うまく作れない。

 配信者の多くがスコア三千点もいかないって状況なんだけど、これが中毒性を生み出す要因になってんのか、結構ハマるんだよな。

 最初のうちは見てる側からクソゲー扱いされてたんだけど、そのユーチューバーが十時間近くねばってスコア三千点超えた時の爽快感がウケたみたいで視聴者側がダウンロードし始めて感想つぶやきまくって、トレンド入り。それを見た他のユーチューバーたちも続々と実況配信し始めて、今に至る、という」


「そのユーチューバーが耐久配信したのはいつだ?」


「二か月前。けど、体調不良者が出たのはその耐久配信じゃなくて、違うやつなんだ」


「……」


「この子なんだけど」


 ユーキが再びノートPCを操作して、表示した画面にいたのは狐耳の少女。年齢はおそらく小学生ぐらいか。


「言っておくけど、狐耳ロリおじさんは見た目は小学生だけど中身はおっさんだよ」


「え……? どういうこと……?」


「秋吉さん、バーチャルユーチューバーって企業勢もいるけど、個人でやってる人もいて……この狐耳の少女は配信者自身が転生したらなりたい自分を自分で描いて、そんで動かしてみたくなったから、っていう感じでかれこれ五年ぐらい個人でやってるおっさんです」


「おっさんって——……お前ら、ひょっとして知り合いか?」


 イラストが動いて喋っていたり、それが3D化してライブをやったりするということぐらいはネットにそれほど詳しくない秋吉でも知ってはいるが、このような個人でやっている配信者に関しては未だ理解が追いついてない。

 しかし、ユーキをここまで饒舌にさせるということは相当なんだろう。そんな彼を通じて美月も知っているのではないかと問うてみる。


「知ってるよ。ユーキとオンラインゲームで知り合った時にチーム組んで、助けてもらったからね」


「ボイスチャットで話したことあるから、声ですぐおっさんだって分かったけど、配信する時も声を作るとかそういうことしないで素の声でやってるから見た目とのギャップがあって結構面白いんですよ」


「なるほどねぇ……」


 画面に映し出されている狐耳の少女が左右にゆらゆらと揺れながらおっさんの声でゲームやってる姿というのは独特な雰囲気があって中々見飽きないものだ。

 プレイヤーである彼自身の腕前もあるのかもしれないが、シンプルであるこの田中ゲームにおいても戦略を立てながら、今度こそとチャレンジしている姿は案外見ごたえがある。


「で、この狐耳ロリおじさんが二人が炎水村に行った時——今から二週間前、金曜日の夜二十三時から三千点超えるまで耐久配信をやったんだ」


「私たちも配信を見てたんだけど、随分と奇妙なものが見れたよ」


「奇妙なもの?」


「ああ。アーカイブを見る限りだと分からないけど、この配信自体は二十三時から始まっておよそ六時間で終わったんだけど——異変が起きたのは、彼が三千点を超えた時、時間にして深夜四時四十四分」


「あ? それって——」


「さすがに秋吉さんも気づいたみたいだね。そう。怪異アプリがアプリストアに発生する時間帯におじさんが田中ゲームで三千点超えたんだ」


「そう。あれは中々見ごたえあったね。田中をつくるまではいっても、その後に出てくる名刺が微妙なものだったからね……まあ、それはいいとして。秋吉はさ、配信してる時のコメント欄の流れを見ることはある?」


「んー……アーカイブで見るから生での流れはよく知らんな」


「だよね。で、私たちはさっきも言った通り生配信で見てたんだけど、深夜になると同時接続数こと同接って案外少なくなるんだよね」


「そうそう。けど、金曜日の深夜だったから次の日休みってのが多かったみたいで、同接は千ぐらいで安定してたんだよな」


「うんうん。企業勢は本当に強いからね~。個人で同接千以上あるのはいい方なんじゃないかな」


「……俺、話についていけないんだが、コメント欄がどうしたんだ?」


「コメントの流れなんだけど、耐久配信って時間こそ決められてないけど、ゴールは決められてるじゃない。そのゴールである三千点超えたら、コメント欄の流れも速くなるのが普通なんだよ」


「うんうん。感動した、とか、おめでとうとかそういう感じの祝福コメントが多く流れるんだけど……秋吉さん、この流れ、まあまあ遅く感じません?」


「……確かに。まだコメントが流れてきてもよさそうだな」


「でもって、この後、奇妙なものが見れたって言ったよね」


「……何です? 画面の向こうから幽霊でも出てきたんですか」


瘴気しょうきだよ。このゲームを通じて怪異が姿を現そうとした気配を感知した」


「俺は美月さんと一緒に見てたから、体調不良にもならなかったし、変な声が聞こえるとかもなかったな」


「けど、勘が鋭い人は影響受けちゃったみたいでね。今のところ体調を崩す程度で済んでいるのが幸いだ」


「……はあ」


「ただ、声が聞こえるようになったとか幻覚が見える、というのはさすがに危ないかと思ってね」


「狐耳ロリおじさんに関しては入院までしちゃったし——けど、ここ最近、おじさんだけじゃなくて他の配信者にまで影響し始めてるのが問題なんだよなー」


「とはいえ、ちょっとした生配信とアーカイブでは何も起きないから、これも幸い。問題なのは耐久生配信で深夜四時すぎまでプレイすることかな」


「だとしたら、それを止めれば……」


「それは無理だね。今、このことがネット上で新たな都市伝説として噂になって広がりつつあるんだ」


「それを検証しようというバカが増えてきてるのも現状。だから、一樹の力を借りてこのゲームに潜む怪異を引きずり出してもらおうかと思ってる」


 ユーキからの提案に二人は顔を見合わせる。


「……それは、難しいと思うぞ」


「え、何で?」


「一樹に一度ゲーム機を与えたことがあるんだけど、あの子、ハマったらとことんのめり込んじゃうタイプみたいでね……爆破させちゃったんだよ。ゲーム機本体を」


「……ええー……けど、一樹って属性としては雷でしょ?」


「ああ。この前もその力で森ひとつ燃やしたところだ」


「……うまくコントロールできれば、ネットの世界に入れるんじゃないかと思って」


 ネットの世界そのものに入るというのは考えてなかった美月と秋吉はなるほどと納得し、それにさらなる提案をする。


「だったら、冬華さんに相談してみようか」


「だな。一樹が手のひらから出てくる電気を抑え込めているのも冬華さんのおかげだしな」


 知らない人間の名前が出てきたことにより、本業以外ではやや人見知りなユーキは不安になったが、それもすぐ消えた。

 何故なら、その人物は——……

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