事件後の日常 ~秋吉探偵事務所にて~

 金城大輝きんじょうだいき含む六名が行方不明となった事件は炎水村の村長九鬼総司が殺人教唆きょうさの疑いで逮捕されたことにより、ひとまずの幕は閉じた。


 炎水村の住人は主に九鬼家の親類縁者で構成されているため何らかの関わりがあるだろうと判断した警察が現在進行形で村人全員に取り調べを行っているという。


 そして、本来であれば殺人の疑いで逮捕されるべき少年Aこと土浦彰大つちうらあきひろの身柄は怪異庁が確保。理由は人喰い鬼に一時的とはいえ体を乗っ取られていたことにより警察に任せてしまうと彼に残っているであろう瘴気しょうきが退魔師ではない人間にとっては毒になるからである。


 確保されたその日、土浦はまだかろうじて人間としての意識があったという。

 取り調べを行った退魔師によると、深夜作業が終わったところ村長から森に人喰い鬼がいることを聞き、それから次の日の昼の帰り際に七人全員で寄ったらしいが、それからの記憶は無いという。


 一樹が森を焼いたことに関しては当然の如く怪異庁のトップである芦屋哀子が不問とした上に報道規制してくれたおかげでメディアにこの事件の真実が流れることはなかったが、ネットでは何故か怪異アプリが村を支配したとかしてないとかいう噂がまことしやかに囁かれ始めているという。


 事件解決から三日後。


「土浦彰大は死んだわ」


 長く艶のある髪をうなじでひとつに纏めた理知的な容貌をした細い女性が秋吉探偵事務所の応接スペースで静かに告げる。


「……そうか」


「炎水村に封じられていた人喰い鬼に体を乗っ取られてた時にはもう死んでいた可能性はあるけど、その死体を調べる前に灰になって消えちゃったから調べようもない」


 平安時代にいたという陰陽師が着ていたかのような狩衣と現代のスーツを合わせたような怪異庁職員のみが着用を許されている制服の裾から、一枚の写真を取り出す。


「……これが、土浦彰大だったものか」


 報告に来たの彼女はコクリと頷き、そのまま俯いてしまう。


「……なあ、哀子」


「……何?」


 太ももの上で拳をギュッと握り締めていた彼女が顔を上げる。

 眼鏡をかけていても目の下は相変わらず隈が濃く浮き出ている。苦労しているのが目に見えているにも関わらず秋吉はこれから言わなければならない。


「三枚じゃ、あの程度だ」


 炎水村に向かうと連絡した際にもらった結界札三枚では被害を森ひとつ程度にしか抑えられなかったという事実を。


「だよね……被害が森だけで済んだからよかったけど、あのバカが本気出したら、村も村人も全部焼け落ちてたよね……うん」


 私がんばったよね、とテーブルを越えてすがりついてくる幼なじみに秋吉は小さい頃を思い出し、思わず頭を撫でてやりたくなる衝動を抑え、両肩を掴んで押し戻す。


「……そうだな。哀子はよくがんばった。けどな、こういうことは人がいない時にやってくれないか」


「…………え?」


 その言葉に周囲を見回す。


「秋吉さんが芦屋ちゃんをたぶらかしてるっす~」


「違うな。あれは芦屋ちゃんが秋吉を押し倒そうとしているんだよ。最近よくあるタイプのラブコメヒロインだねぇ」


 いいねぇ面白いねぇと応接スペースとそれ以外を仕切っているカーテンから覗き込んでいる一樹と美月。


「……な、な、な、なななななんでいるのよ~~~~!!!!!」


 顔を真っ赤にして立ち上がる哀子に二人はニヤニヤとしたいやらしい笑みを浮かべる。


「いやいや続けて下さいっすよ」


「そうだよ。健全な若者の育成のためにも是非励んでくれたまえ」


「続けるわけないでしょ!!!!! ていうか、キヨ兄っ! わ、私は、べ、べべべべ別に押し倒して、その、そ、そういうことしたいとか、あ、ああ、ああああのその……」


「いやさすがに、事務所でやるわけねーだろ」


 秋吉が冷静にツッコむが何かがおかしい。


「問題点そこなの!?」


「哀子。俺はお前のことは幼なじみとしても女としても好きだが、そういう気はない」


「……え? あ、その……わ、私もキヨ兄のことは昔からずっと好きだけど――って、あれ?」


「少なくとも俺の体の七割が怪異でできている以上、俺とお前は結ばれない」


「知ってるけど……そ、そんなの関係ないしっ!」


「いや、あるだろ。芦屋家の後継者問題が」


「……あ」


「そういうわけで報告ありがとな。んで、今日はさっさと家に帰って寝ろ」


「え? そ、そんな……がんばって時間作って会いに来たのに……」


 何が何だかワケがわからないという顔をして涙を浮かべている哀子に対し、秋吉は指をパチンと鳴らす。


「はいはーい。秋吉さん、久しぶりですね」


 彼女と似たような制服に身を包んだ長身の男性がササッと入ってくる。


「よお土御門。新しい恋人とはどうだ?」


「順調ですよ~。で、うちの上司とはまだヤらないんすね」


「仮にヤったとしたら俺が芦屋家の当主に殺されるだけだ」


「でしょうね。で、うちの上司はこっちで引き取りますね」


「おう。よろしくな」


 爽やかな笑顔が良く似合う青年は哀子の腹心である土御門つちみかど光星こうせい。その言葉通り、ボロボロと涙を流している哀子を軽々と担ぎ上げ、そのまま去っていく。


「ウチの上司が失っ礼しましたぁ~☆」




「……まったく、哀子のやつ。無理しやがって……」


「そんな幼なじみが好きなくせに~」


 つんつん、と指で二の腕をつついてくる上司に照れ隠しのように秋吉はタバコを取り出す。


「否定はしない。だが、三年前の事故でこうなってしまった以上、俺はあいつとそういう関係になる気はない」


「……ふ~ん。じゃあ、他の男に取られちゃってもいいわけか」


「…………」


「何で答えないのさ。ホント、秋吉って素直だけど素直じゃないよね」


「うるせえ」


「ていうか、恋人がいるっていっていた、さっきのイケメンが恋人と別れて傷心した時に彼女のような良い子が近くにいたら案外そういう関係になったりとか——」


「土御門は同性愛者だ。つい最近、自分と同じくらい鍛えている事務員と恋仲になったってテンション高く連絡してきてな」


「…………え?」


「だから、安心して哀子の側に置いているんだ」


「……ふーん……」


 ニマニマと悪いことを思いついたかのような笑みを浮かべる美月の視線から逃れるように天井に向かって煙を吐く。


 が、しかし。


 その一連の会話を聞いていた一樹がいつものように無邪気な笑顔で、


「なるほど。秋吉さんは意外とヘタレなんすね!」


 とんでもない爆弾を放り投げてくるのであった。

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