大学生六人行方不明事件 ⑤
怪異同士のバトルというよりは一方的な蹂躙が始まるのをあらかじめ知っていた秋吉は来た道を早々に引き返し、森から脱出した。
「哀子からもらっておいてよかったな」
炎水村に向かうということを告げた直後、事務所に急いでやってきた幼なじみがくれたのはお札。
『絶対にあいつ暴れ倒すつもりだろうから、これで結界張って! 大丈夫! 私のお手製だから! ていうか、あの雷野郎が鬼に負けるなんて絶っ対にありえないけど! 少なくとも山一つ……じゃない、村まで巻き込んだら解決も何も……あぁああぁああああああ……もう、事後処理は今やってるやつで手一杯だけど絶対に仕事回ってくるよね。何なのもういつもいつもどいつもこいつも無能すぎ——じゃなくて! と、とにかく術を使えないキヨ兄がこれを地面に向けて投げれば、札が勝手に地面にサクッと刺さって結界術が発動するから後よろしくね!』
絶対生きて帰ってきてよ、と忙しそうに帰って行った彼女の目の下には隈ができていた。絶対寝てないな、あいつ。
「んじゃ、とりあえず地面にぶっ刺すように投げて――」
懐から取り出した札は紙製であるにも関わらず地面にサクッどころかザクッといい感じにぶっ刺さり、淡い光を放ちながら森を覆い尽くしていく。
「これが結界術か……」
退魔師が怪異と戦う前に一般人を巻き込まないために使用するものであることは知っているが、こんな簡単に発動できるとは。
「さっすが怪異庁のトップ」
幼少期から彼女のことを知っている身でありながら退魔師としてどれくらい優秀であるかを秋吉が知ったのはここ数年である。もしもの時を含め、三枚もこれをくれたのは本当にありがたいと幼なじみに感謝する。
「さて、じゃあ俺は村長のとこに行くか」
こうして秋吉は単身で炎水村へ乗り込み、村長に全てを明かす。
■
「ひ、人喰い鬼じゃと……」
驚いているようだが、無理もない。しかし、まあ事前に行方不明者含めてこの村の伝承をもっと深く調べておいた秋吉としては随分とまあ大根役者以下だろこれと心中で毒づきながら、頭を下げる。
「すいませんね。許可も取らずに入ってしまいまして」
「な、何のことじゃ……」
想定通りのリアクション。
「あれ? 今更、隠すことです? 俺の相棒が人喰い鬼をぶち倒してる緑豊かな見た目に反して入ると鬱蒼として不気味で鳥の声も聞こえなければ、虫も出てこないし、たぬきすら出てこない。いやぁ、凄いですね。あんなに生き物がいなさすぎる森なんて初めて入りましたよ」
「…………」
村長の顔色が徐々に変化する。
「森の所有者は貴方ですよね」
一呼吸置き、相手の目を見る。
「
■
炎水村に来る前日の夜。秋吉探偵事務所の応接スペースに秋吉を含め四人でこれまでに得た情報を整理または交換していた。
所長である美月とアルバイト所員である一樹、そして仕事時間が近いため事務所に来ることは叶わないが、インターネット回線を通じて参加している情報屋のユーキ。
結論から言うと行方不明になっている六人の大学生を殺したのは土浦彰大ではあるが、その地に封じられている人喰い鬼が土浦彰大の肉体を乗っ取った。
『伝承の真実って残酷だよね。表向きはすっごく良い話にしてあるけど実際は違う』
口元に笑みを浮かべた美月がゆるりと優しい声で残酷な真実を紡ぎ始める。
『神様が手を取り合うなんて実に有り得ない。しかも炎と水。いやはや、実に胡散臭い。だけど思考停止した人間には効果抜群としか言いようのない優しいお話だよね』
ところで、と手をポンと叩いて人差し指を立てる。
『炎水村の村長さんの名前は知ってる?』
黙って聞き役に徹している秋吉と一樹、二人に問いかける。
『九鬼総司、ですよね』
『さっすが秋吉。ちゃんと資料に目を通したみたいだね。助かるよ。そう、九鬼総司。彼の名字には鬼が使われている』
『鬼? 怪異庁が見たら逃げろって警告してるあの鬼っすか?』
まだ見たことないっすけど、と一樹は妙にワクワクした様子で話に食いついてくる。
『そうだよ。特異指定災害怪異の中では封じられているのもいるけど、基本的に退魔師じゃない限り対処するなって言われてる、あの鬼だよ』
『ほうほう。退魔師が束になっても勝てないっていうアレっすか?』
『うん。一樹が芦屋ちゃん以外の退魔師が嫌いなのは知ってるけど鬼への対処法はここ近年でだいぶ変わってきたからね。束にならなくても勝てるよ』
『……へぇー……』
『で、話を戻すけど。九鬼総司に限らず、名字に鬼が入ってる家系って全国に結構いるんだよ。先祖が鬼だったっていう怪異に近いやつもいれば鬼を管理してる家系もいる』
『てことは、村長は鬼に関係しているってことですか』
『そうだよ。九鬼家は先祖が封じたとされている人喰い鬼を管理し続けている家系。もちろん、この情報はユーキが私に事前に教えてくれたんだ』
お昼に中間報告としてオンラインゲームの中でね、と嬉々としている美月に秋吉は厄介事が増えたな、と頭を抱えそうになるが、さらに情報屋のユーキが続く。
『ところで土浦彰大が使ったと思われてる怪異アプリって、ここ数年でじわじわと流行り出したんだけど、出所が本当に分からないというかすぐ痕跡消すから追うことすらできない。
だ・け・ど! 真夜中の深夜四時四十四分四十四秒にアプリストアに出現した狐面のアイコンをタップしたら自動的にインストール。気づいたら頭の中に何かキーンとした高い反響音みたいなものを感じて、さらに音をの間を縫うように聞こえてきたわずかな音声ガイダンスに従うと、力が得られる――というのが、都市伝説大好きな金城くんですら得られなかった情報。
ていうか、オレがアプリの存在をできるだけ広げないように怪異庁から依頼受けて本業と並行して情報操作してたんだけど、その中で最も体験談じゃないかって感じのがこれな。
ったく、オレ、他にも仕事あんだから暇そうに携帯いじってシコってそうなオメエらがやれよという話なんだけどな』
依頼人が芦屋のねーちゃんじゃなかったらそっこー断るわ、と呆れ混じりに愚痴ってくる情報屋。
『あ、そうそう。金城くんがこの情報を得られなかったのはちゃんとした理由がある』
『それは?』
『金城大輝って派手な外見してるくせに、インターネットよりも文献派なんだと』
貴重な文学青年がいなくなるなんてな、と皮肉のような言葉を吐き、肩をすくめる彼の映像からインターフォンの音が聞こえ『悪りぃ、客が来たから。伝承の裏に関するもっと詳細な情報は後でメールで送る』と言い、通信を切った。
『相変わらず人気だねぇ、ユーキは』
『情報屋は副業で本業は風俗嬢って——……まあ、別にいいけど』
『ユーキさんって見るたびに綺麗だったり可愛かったりカッコ良かったりと服装もメイクも違うから未だに頭が混乱するっす』
『気にすんな。ていうか、今日はまだ良い方だ』
『そうなんすか……あ、確かに今日は地味でしたね』
『客の好みに合わせたんだろうな』
『知らない間に時代が進んでるんすね~』
その後、怪異アプリでどのような能力に目覚めたのかをネット掲示板の体験談っぽい書き込みを全員で徹底的に調べ、そのまま寝落ちしてしまう三人なのであった。
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