大学生六人行方不明事件 ④
怪異アプリをダウンロードし、開く。
それだけで人を越えた力が手に入るというご都合主義もあっと驚くアプリケーションソフトウェア。
「まぁぁぁぁああぁぁあああるでぇ~~ゆぅぅぅぅぅぅぅうううぅぅうぅううめぇぇええええええええぇええ~~みぃぃいいぃいぃぃぃぃぃぃ、たぁぁぁあああぁあいぃぃいぃいいい~~そぉぉぉぉぉぉおおおおんなのぉぉぉおおおおお……あるわけないのに~~」
「……一樹。前から言おうと思ってたが、音痴だろ。お前」
森の中を歩きながら大音声を響かせる少年。耳の鼓膜が破れそうな騒音に秋吉は思わずツッコミを入れる。
「そうっす。この間、なっつんと一緒にカラオケに挑戦してみたんすけど、機械が壊れたっす」
嫌な予感。
「……だろうな。俺と美月さんは耐性あるから問題ねーし。鼓膜が破けたところですぐ治るからいいんだが――……一応、請求は怪異庁にしたよな?」
「ウチの事務所にそんなお金無いから芦屋ちゃん呼び出して弁償してもらったっす」
秋吉にとって怪異庁のトップである芦屋家の長女、芦屋
そして、大人になった今でも連絡を取り合っており、彼女から居酒屋に呼び出されては泣きながら愚痴を一晩中聞かされるという苦行。この依頼が終わったら確実にそのことを含めた愚痴を聞かされるだろうと秋吉が頭を抱えそうになるも「見て下さいっす」というお目当てのものを見つけたようなはしゃいだ声音に目線を上げる。
「……なるほど。予想はしてたが……」
「たかがアプリされどアプリっす」
事前に所長である美月から『最悪の可能性を考えておくように』と常に言い含められてはいるものの、この惨状に言葉を失わざるを得ない。
視線の先に見えたのは、真っ赤な血だまり。食い散らかされた肉片。潰された眼球。半分以上欠けた頭部。そこからはみ出ている脳みそ。
血だまりの中心で嗤う華奢な少年がこちらに気づく。
「…………へぇ……キミたち、人間じゃないんだぁ……」
ふへへへへっ、と不気味な笑みを浮かべ立ち上がる。
「秋吉さん。彼、どうやら好きなものは最後に食べるタイプっす」
この状況でも笑顔を崩すことのない一樹が一歩大きく踏み出し、距離を詰める。
「けど、ざぁんねぇ~~ん……オレは——」
強くなった、とでも言おうとしたのだろう。しかし、そんな言葉は圧倒的な力でねじ伏せられた。
「……おや? どうしました? 強くなったんですよね? 弱いっすね~……キミがその手に掴んでいたお兄さんよりも」
怪異アプリによって何らかの力を得、六人の大学生を殺した少年は偶然にもこの森の中に封じられていた禁忌の封印を解いた。
禁忌の正体は——
「人喰い鬼……だと……」
秋吉が驚愕するのも無理はない。
鬼は特異指定災害怪異として怪異庁によって認定されている。
「怪異庁の皆さんは鬼を見たら逃げろ、なんて言ってるっすけど——生憎ですが、ボクは怪異っす。ちなみに一年前まで怪異庁の皆さんによって管理されてたっす」
右胸を自分よりも小柄な少年から片腕で串刺しにされ持ち上げられている状態であっても奥歯を噛み、どうにか抜け出そうともがく。
「無駄っす。だってキミ弱いし」
「……ッ!」
「喰った人間の数が数えられる程度の怪異が強いとでも?」
笑顔で相手を煽ってくるその姿に最後の最期まで優しく諭し、元に戻ってくれると信じてくれたあの男の姿が重なる。
「……………………に、い、さん……」
材料は揃った。あとは——
「
■
土浦彰大。高校二年生。十七歳。身長182㎝。母子家庭。
築五十年以上はありそうな狭いアパートで母親と二人暮らしをしていた普通の少年の人生はある日突然に一変する。
「……かあ、さん……?」
最初、それを見た時に母親だと認識するのに時間がかかった。
着ている服は見たことあるものであるのは間違いない。だってあれは自分がバイトして稼いだお金で誕生日にプレゼントしたもので、母親はそれを泣いて喜んでくれたのを覚えている。
春の日差しのように柔らかな笑みを浮かべる母にピッタリだと思って買った桃色のセーター。冷え症の母親を想い、ファッションに疎い彰大はクラスメイトに相談した上でこれを選んだ。
季節はまだ暑かったけど、冬になったら母の故郷である北海道に二人で行って、祖父と祖母に自慢しようと思っていた。
その日、母親は自殺した。
遠くから誰かの声が聞こえる……この声、隣に住んでるホステスのお姉さんだ……警察? ああ、そういえば——……この音うるさいなぁ……誰? パトカー? 小さい頃、母さんにワガママ言って買ってもらったなぁ、小さいものだったけど嬉しかった……だから、大きくなったら母さんに何か贈ろうって、ずっと思ってて……それがやっと叶って……————なのに、全部、奪われた。全部、全部、全ぶ、ぜん部、ゼンブぜんぶ全ブぜン部全部全部ゼんぶぜんぶ全部ぜんぶ……
「——————お前のせいだ!」
「金城ッ! 大輝ッ! お前のせいで——俺は……母さんは……ッ!」
警察から事情聴取を受けた後、彰大を待っててくれたのは北海道から来てくれた祖父と祖母だった。
二人の顔を見た途端、彰大は緊張が解けたのか警察と二人に挟まれる形で泣き崩れた。警察署の前で。ただひたすら幼子のように大きな声で泣き叫ぶ。
そうして、土浦彰大は自分が金城大悟の隠し子だという事実を知る。
真実を知った彼は腹違いの兄である大輝に怒りをぶつけた。だが、大輝はそんな弟を受け入れ、炎水村の祭りに参加してみないかなんて勧誘してきた。
あまりにも突飛な発言に怒りを忘れそうになるが、彼はそもそもこの男には用はない。用があるのは息子ではなく父親だ。その父親に辿り着くためになら何だって利用してやる。
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