第57話 問を掛ける、あなたへ
私が彼と暮らす日々は、本当に穏やかなものだった。太陽と月が昇り降りするようになって、私が暮らしている後宮も前より光がさすようになった。
「あのお人は、私の他に后をもらったりしないのかしら。鬼も暮らしているのでしょう? 鬼からも后をもらわなくていいか、聞いてみようかしら」
「それは陛下が泣いてしまわれますから、ご勘弁ください……」
夫人とそんな話をする。彼は私一人だけを后にしていたいようだったけれど、それでよく周囲が納得しているなともやっぱり思えた。ここは地上ではないから、色々な物事が違っているのだろう。
「もうすぐ、きみが目覚めて一年近くが経とうとしているんだ。気づいたかい?」
「いえ……ここには暦もないし、季節もない、ずうっと穏やかな日が続いていますから、気づきませんでした」
彼が私の部屋に来てそう話をしたのがいつなのかも、実はあまりわからなかった。私が死んでいるのと、この世界に季節がないのとで、一年経ったと言われても今一つわからなかった。
「そうなんだよね。季節を作るのは一大事業になりそうだから、百年単位かかるんじゃないかって言われているんだ」
「ひゃくねん……」
彼は私に、どこか楽しそうな顔で未来の話をしてきた。百年も二百年も、彼は生きているのだろうか。私は、どうなるのだろうか。この世界は。そんなことを、ぼんやりと思った。
「僕は死なない身体だから、百年も千年も変わらないんだ。それは、生き返ったきみもそうなんだよ」
彼が私の髪を梳いてくる。この日々が長く続くことが、嬉しいようで少し怖かった。彼と夫婦らしいことはしていない。死んでいる私に、子供ができることはきっとない。つまりきっと、何もかもが変わらないのだろう。
(彼に赤ちゃんを、抱かせてあげられたらいいのに)
そんなことを思った。けれど、彼は私といる時間が楽しいのだろう。本当に子供が欲しいのであれば、死んでいる私ではなく生きている鬼の女を后にして、子を設けていただろう。
「ねえ、あなた様。あなた様は私を、愛してくれているのですよね」
改まってそんなことを聞いたのは、初めてな気がした。彼も少し不思議そうな顔をしたかと思うと、蜂蜜をたっぷりかけた甘い菓子のような笑顔を浮かべて頷く。
「もちろん。きみが僕からの愛を疑うような、何か嫌なことがあった? 何が足りないかな、僕にできることはなんでもしようじゃないか」
彼がさっそく動き出そうとするのを押しとどめる。やっぱり、気の早い人だった。
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