第58話 五十年
「私は、あなた様からの愛を疑ってはおりません」
放っておくと大量の贈り物を手配しそうだった彼に対して、まず真っ先にこう言うことにした。彼の手を取って、もう片方の手でさらに包む。念入りに、彼が私のことを見てくれるように。離れようとしないように。これで案外何とかなってしまうのが、皇帝と崇められていて実際に力をふるう彼のかわいらしい点だった。
「ただ……一年経つのなら。いつまでもはぐらかされ続ける、幼子ではないのですよ。私も」
ごめんね、と彼は言って、すとんと落ち着いて座った。どう話していいか迷うんだ、という言葉も、前に聞いたような気がするけれど。
「前から思っていたのですけれど、あなた様は、あまりお話がお上手ではありませんね」
「政治はできてるんだけどね……きみ相手だとどうしても、ねぇ。きみに誤解されたくなくて、きちんと意図を伝えたくて、結局、言葉が空回りをしてしまう。言いたいことを長年貯め込みすぎてしまったのもあるね」
長年、長年。それって何年なのだろう。どれだけ私は死んでいて、どれだけ彼は私を待っていたのだろう。今なら、聞いていいのかな。
「それは……何年、ですか。何年、私のことをあなた様は待っていたのですか。それは、聞いてもいいですか」
「いいよ。それなら、多分僕も上手に言えるかな……多分、五十年?」
まるで軽い冗談を言うように、彼は小首をかしげて言った。ごじゅうねん、と口の中でその音を転がす。五十年。一緒に暮らしての一年、それが五十倍で五十年。彼はなんでもないような顔で言うけれど、人間にとっての五十年が軽くないものであることは私もしっかり覚えていた。
「きみを目覚めさせるには、準備も必要だった。きみの元の体は酷く損なわれてしまっていたから、それを治してからでないと目覚めさせるなんて無理だったし……何より、もう一度きみを失うようなことには絶対なりたくなかったんだ。だから、万全を期してきみともう一度会いたかった。もう二度と失わないように、その準備も必要だった」
彼の顔は若々しい。五十年が経っているだなんて、夢にも思えないような姿だった。
「色々やってたら、いつの間にか年を取らなくなってしまっていてね。久しぶりに会った兄上が随分と年を取っていて、随分と驚いたものだよ。年を取らないままでは、大切な人と一緒にひとところに落ち着くのはちょっと怖くてね。それで、この世界を用意したんだ」
もっと色々聞きたかったのに、まず驚いてしまった。
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