第56話 とある鬼の新しい生活
皇帝陛下と皇后陛下から結婚のお許しをいただき、俺は彼女と暮らしている家に戻ってきた。手の中には、恐れ多くもいただいた美しい刺繍がある。
「結婚……認めていただけたね」
「これからは名実ともに、二人で暮らしていけますね。本当に、よかった」
ほろりと零れ落ちる彼女の涙を掬ってあげる。誰とも繋がっているようで繋がっていない存在だった俺に、妻ができたということがまだどこかで信じられなかった。
鬼は人間から転化するか、自然から生まれるかの二種類になる。俺は後者で、森の木々の中から生まれた鬼だった。鬼の中でも力が弱い俺は、道士の使い走りのように使われ続けて生きていた。道士に使われていない時は、強い鬼に使われていた。俺のことをこき使っては来たけれど、人間同士がしているような手を取ったり会話をするようなことは、誰もしてくれなかった。
『鏡の向こうに、霊と鬼が暮らせる世界を作ったんだ。僕は、そこに住んでくれる人を探していてね。きみのような、破壊衝動や負の感情に吞まれていない鬼には積極的に声をかけているんだ』
ある日、俺のことを術で呼び出した道士は変わったことを言った。俺を術で縛るわけでもなく、命じるわけでもなく、俺に選択権のある問いかけをしてきた存在は初めて見た。それが、今の皇帝陛下との出会いになる。
『俺は……選んでいいのか?』
『うん、地上で暮らすことが好きなら、ここに残っても構わない。鏡の向こうはまだ作りたての世界だから、こちらほど明るくないだろうしね』
それでも、その時と違う何かが欲しかった。だから、手を取った。そうしてやってきたこの世界で、俺は彼女に出会った。
『あの……あなた、鬼、なんですか?』
『あ、ああ。角がこの通り生えているし、鬼だな。その、見るのは初めてか?』
若い人間の霊の娘だった。最初に会った時、話しかけられているとすぐに気付かなくて、戸惑っていた彼女を見て「かわいい」と思った自分に驚いた。
「初めて会った時は、霊とはいえ人間と結婚するだなんて思ってなかったなあ」
「私も……生きてた頃は誰かと結婚できなかったし、相手が鬼だなんて思いませんでした」
ここの住民は皆、好き勝手に住んでいる。俺はあれこれと木をいじっているうちに、気づけば人間が暮らすような家を建てていた。彼女は近くで住む場所を探していたから、俺は自分の家に何も考えず、彼女を招き入れたのだ。一緒に暮らし、話しているうちに、結婚という形になったことへこれからが楽しみだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます