第52話 謁見の人々

 私が彼に連れられて謁見の間に入ると、無形の視線がいくつも集まってきた。皇帝としてこの世界で尊ばれている彼が、私を抱えて入ってきたのだから当然だろう。誰もいない真っ暗な廃墟のように、最初は思った。がらんとした暗い部屋に、薄布で隔てられた御影石に触り心地のいい布を張られた玉座が二つ。人々が並ぶ広間には真っ赤な絨毯が敷かれていて、私達が入ると燭台に青白い灯がいくつも灯った。


「皇帝陛下、皇后陛下のお成り!!」


 男の声がしたかと思うと、燭台の火で払いきれなかった闇から滲み出るようにして平伏している人々の姿が現れた。顔や男女の別は、私の顔の前にかけられた薄布と玉座を隔てる薄布との二枚によってよくわからない。それでも、それなりに人々の姿があるのことはわかった。何人かはやけに背が高かったり、角のようなものが見えるから、きっと鬼なのだろうと思う。


「今回は、皇后も謁見を見に来させた。これからは、時折こうやって彼女にも謁見を立ち会わせることにする」


「かしこまりました、皇帝陛下」


 玉座の傍に控えていた人――先ほど、お成りを告げた人—―がそう返事をする声がして、人々がさらに小さくなるように平伏した。


「では、用向きと話のある者は残れ」


 朝礼めいた挨拶でもあったらしい。彼は声を張っているわけでもないのに、皆がその言葉をしっかり聞き取ったようで霊や鬼達の大半は空気に溶けるようにして散っていった。後に残った数人が、陳情したいことがあるようで平伏したまま残った。


「一人ずつ並び、皇帝陛下にお言葉を。御前を穢すようなことをすれば、即刻叩き出すことを心得よ」


 おつきの人の言葉に従って、自然と彼らは一列に並んでいく。長い角を生やした人が二人、普通の人間が一人、先頭にいるのは随分と小さい影だった。


「こうていへいか、こうていへいかなら、たすけてくれるってききました。かぞくをさがしてください」


 稚い、子供の声だった。まだ小さな男の子が、家族を探しに来ていたらしい。まだ小さいのに死んでしまったことが、痛々しく感じる。


「きみ、名前は」


浩浩ハオハオ


「ちゃんとしたお名前だよ。忘れていないだろう?」


「んと、李浩然リハオラン


 そう言った男の子に対して、彼は優しい声で名前や年齢を聞いた。両親の名前や、憶えていること。今どうしているのかを聞いてみると、親切な女性の霊が家に住まわせてくれているのだそうだ。


「おばちゃんはとってもいいひとだけど、おとうさんとおかあさんにあいたい」


「じゃあ、探してあげる。約束するからね」


 彼の優しい声に、子供は喜んでいるようだった。

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