第50話 隠したいこと、話したいこと

 小鈴シャオリンのために長年かけて用意した宮は放棄するには惜しかったので、容体の落ち着いた彼女を眠らせた後、僕は他の部屋に彼女を移していた。


「陛下」


義母上ははうえ


 僕の前に現れた女性にそう呼びかけると、彼女は口元を覆ってくすくすと笑った。小鈴シャオリンの母だから義母上ははうえで間違いないのに、彼女はそう言うといつも恐縮するのだ。昔は気軽にあざなで呼んでくれたのに、今は絶対にそうしてくれない。それが少しだけ、寂しかった。


「娘にここまで心を砕いてくださり、ありがとうございます……あの子はどうして、貴方様に他人行儀なことばかり」


「いえ、いいんです。僕がもう一度、一から、彼女と仲良くなりたいと思っていたので。それに……横紙破りに、対価は当然必要ですよ。ああ、そうだ。また、月餅を作ってください。彼女も喜ぶし、僕も食べたいんで」


「その程度、お安い御用でございます」


 彼女はもう一度、僕に拱手して深々と頭を下げた。「前はもう少し気易かったじゃあないですか」と呟くと、「あの頃は皇族であることさえ表にしておられなかったじゃないですか」と返された。確かにそうだったので、あまり強く言えない。僕自身だって、当時はそのあたりをよくわかっていなかったのだ。


「あの頃は正直、娘を流れの道士に嫁にやっていいものかを悩んでしまったものです。それでもあの子にとって、貴方様は良い友人でした。体の弱いあの子が、仲の良い人の元に嫁に行って、体の弱さを知っている夫に大事にされることが幸せだと、そう思っておりました」


「……そうだね」


 妻として玉鈴を貰いたいと言った時の僕は、ただの一道士だった。そもそも妻帯することも少ない道士が、末席とはいえ名門一族の娘を貰いたいということ自体が、世間一般から見れば身の程知らずな夢だったと言われてもおかしくない。彼女と出会ったのは偶然で、時折交流するようになった彼女の明るい声に、笑顔に、話に心を惹かれ、ずっと一緒にいたいと思って――そのために、できることはなんでもしようとした。


「娘が最初、行き倒れていたという貴方様を拾ってきた時は驚きましたわ」


「ああ、あれは修行だったんですよね……ちょっと、体力の配分を間違えてしまいまして」


 当時は浮浪児と変わらない姿をしていて、お腹を空かせて倒れてしまっていた僕のことを、彼女はためらわず手を取ってくれたのだ。あの手のぬくもり、分けてくれた食事の温かさがどれだけ心地よかったことか!

 その話をしようかと思ったけれど、そうしたら僕の名前を言わないといけなくて言えなかった。

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