第49話 新しい暮らしへ

 私はしばらく温かいお湯に体を浸からせてもらった後、彼と一緒にこの湯浴み所を出ようかと思った。


「あの、私、またお庭に出たいです」


「顔色も霊力もマシになってきたようだね、ちょっと行ってみようか」


 彼がまた手を叩いて呼び寄せた女官たちに、水気を拭きとってもらってから服を着せてもらう。それからゆっくり立ち上がろうとしたけれど、ふらついてしまって結局彼に抱き留められてしまった。


「ほら、おとなしく僕に抱っこされてて。まだもうちょっと、自分で出歩くのはだめそうだね」


 くすくすと笑み交じりにそう言われると恥ずかしくはあるのだけれど、実際に歩けないのは事実なので大人しく抱かれることにした。思えばこの湯に浸かるまでは、意識さえぼんやりとしていたほどなのだ。劇的な回復だった。


「あの桜は年中咲いているから、春じゃなくても花見ができるんだ。まあこんなところにずっといると、季節なんてあってないようなものなんだけれどね」


「きっとあなた様なら、この世界に、季節だって作り出してみせてくださりますでしょうね」


「かわいい小鈴シャオリンに期待されちゃった、僕、頑張らないといけないね」


 地下らしい階段を上がって、時折一瞬姿を現しては消える人々が私達に一礼してくださる姿を見ながら移動する。彼が手を触れずに大きな扉を開けるのを、不思議な物語を聞くように目を輝かせて見ていた。


「まあ、すごい……!」


「そんな風に驚かれると、照れちゃうよ」


 前に二人で公的行事のように桜を見ていた時とは違って、今回は人々が集まったりはしていないようだった。あくまで彼が私的に桜を見ようとしているから、周囲がそれを汲んでいるのだろうか。私達に声をかけてくる者もない。


「知っての通り、僕はここの皇帝をしているのだけれどね。僕もここに勤めている霊達も、まだそこまで『皇帝らしいこと』とかには詳しくないんだ。きみにやってほしいことで迷っているのも、それが理由のひとつでね。権威はもちろん兄様からしっかりもらっているのだけれど、『この鏡都ジントの皇帝らしいこと』は実は、まだまだ試行錯誤をしているんだ。……きみにこんなこと言ったらかっこ悪いかと思っていたんだけど、いつまでも隠したり見栄を張っているのも、きみに悪いかと思って」


 彼は私を桜の木のふもとに寝かせながら、どこか恥ずかしそうにそう言った。けれど私は、「頼ってくれて嬉しいです」と返す。むしろ、ちゃんと話してくれたことが嬉しかった。

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