第45話 地下の湯浴み所

「ここはね、この国に張り巡らせる水の源なんだよ」


 彼は私が不思議そうな顔をしていることに気づいて、そう言った。地下の天井からは石が垂れていて、それらの先端は時折雫を落とす。ぽた、ぽた、ぽた。私に触れはしないが、私が浸されている湯に滴る。頭のすぐ近くに湧き出している口があるようで、こぽこぽという音もしていた。


「ありがとう、ございます……少し、楽になりました」


 私はゆっくりと体を起こして、彼と手を繋いだまま湯の中で彼と話すことにした。自分の体を見下ろしてみると、ゆるやかな白い無地の服にほとんど締めていないような帯という病人の服装だった。


「服……濡れてしまいました、ね」


「乾かせばいいんだよ。そんな顔しないで、きみが息災ならそれでいいんだ。他のすべては、きみの存在に比べれば大したことではないよ」


 彼は私になんでもないことのようにそう言うから、私は少し首を横に振った。


「ここで大切なのは、あなた様、でしょう。この世界を治める御方、一番尊ばれる御命こそがあなた様、なのですから」


「その僕が生きたりするのに必要なのが、きみなんだよ、僕の小鈴シャオリン


 私はそんな彼に頬擦りをして、彼の手に指を絡めて、彼に私と触れ合わせた。温かいお湯に疲労がとろけていって、こんな過ごし方も悪くないなと思えた。


「ここは、気持ちのいい場所、ですね」


「湯殿としての整備はできてないから、きみがゆっくりできる場所としては別に作らせることにするよ」


「あなた様も、入ればいいのに」


「……入ろうかな」


 彼も思うところはあったらしい。軽く手を叩くと現れた女官の影に服や装身具をある程度回収させて、気づけばあっという間に私と同じような服になっていた。真っ白くて長い髪をくるりと組み紐で束ね、私の横でゆっくりと湯に浸かる。うまく言葉として聞き取れない、気持ちよさそうな声が、彼の唇から漏れた。


「気持ちいいね、これ……」


「ええ、とても気持ちがいいですよね。あなた様も、しっかりお休みになった方がいいです。何があったかわかりませんけど、だからこそ休む方がいいのではないかな、と」


 彼は私の膝を枕に湯の中に横になると、「……詳しいこと、聞かないんだね」と呟いた。あまり、返事を期待していない言い方だった。


「あなた様が、私にきっと教えてくださるか……それとも、必要がないから私には教えてくださらないか、どちらかではないかな、と思っております」


 彼はその返事に、「そう」とどこか嬉しそうに呟いた。

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