3章 起きてしまう変化

第43話 助けてくれる、手

小鈴シャオリン!」


 私に向けて必死な声がしたかと思うと、水珠から深紅ホンファが飛び出してきた。声は明らかに彼のものが、小さな人魚の口から出ているという事実に驚く。けれど、それより先に人魚の手が何かの恐ろしい影に対して右手を突きつけた。伸ばした人差し指と中指が星型を描き、くるりと円で囲う。直後、部屋の中に大きな雷の音と光が起きた。雷の力が大きな風を生み、私は勢いよく壁に叩きつけられる覚悟をする。目を閉じて体を丸めたけれど――恐れていたような、痛みはなかった。


「ごめん、遅くなった!」


 私を支えてくれていたのは、彼の温かい生きた腕。私に何度も触れて、彼は「ちょっと待っててね」と言った後、深紅の水珠をくしゃりと握り潰した。中身の人魚はけろっとした顔をしていて、むしろ大きさに合わない圧倒的な量の水が部屋を濡らしていく。意思のある生き物のように水がうねり、私の周囲を囲んだ。


「――ここを何処と心得る、地上の者。僕が鬼と霊をこちらに引き入れたから、お前の駒にできるモノがなくて落ちぶれたか? ここは我が兄君、そちらの皇帝より割譲されし鏡都ジント、その最奥であるぞ」


 今までになく怒っている彼の様子に、恐ろしいと思ってしまう。真っ白い髪が逆立ち、鬼火が立ち昇り、睨みつける目つきにも火が宿るようだった。彼の手から沢山の札がばら撒かれ、まっすぐ飛んでいって敵を押さえつける。札の一枚が銀色の剣に変じて、青白い鬼火が剣先に宿った。


「――去れ、二度とここには立ち入らせぬ!」


 怒りの声と共に、彼が剣を突き立てる。その瞬間、うまく動かなかったような恐ろしい感覚がぴたりと止んだ。がくりとソレは項垂れて、静かになる。


「ごめんね、ごめんね……」


「ま、って、あなた様、これ、血が……!」


 私に触れた彼の手に血がついていることに気づいて、私は慌ててその手を取った。手のひらがぱっくりと割れていて、明らかな傷になっている。しかも、今も血が流れ続けているのに、彼は気にした様子がなかったのが怖かった。


「ああ、これくらいはよくあるから気にしないで……ごめんね、怖い?」


 流れ続ける真っ赤な血。彼の真っ白くて玉体と敬われる人の体から、血が出ている。殺されていく一族の人々。そして、私の血――


「大丈夫、大丈夫だよ、大丈夫。僕は大丈夫だし、きみも大丈夫だよ。僕が守ってあげるから」


 彼は私を抱き寄せてそう言いながら、誰かを呼び出す。武器の擦れ合う音に兵士をしていた兄さんを思い出していた時、気が遠くなってしまった。

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