第31話 いつかの夢
私は、夢を見ていた。生前の夢だ。明るい光のある窓の側で、私は刺繍糸を手に誰かと話をしていた。
『……あのね、それでね……ふふっ、変な顔!』
『天下の
楽しそうに話をしている生前の私を、死んだ私が暗い屋内から見ていた。誰と話しているかはわからないけれど、あの、前にも話していた誰かだと思う。その人は私の話を楽しそうに聞いてくれていた、気がする。その日の私は体調もいいからと縫い物の賃仕事の続きをしていて、針を動かしていたはずだった。
『今度はどこに行ってきたの? ……へえ、聞いたこともないような場所なのね。大変だった? 話を聞かせて! 私も行ってみたいの』
私は誰かにそう言って、どこか知らない場所の話を聞いていた。――結局、私は死ぬまで、あの都から出ることはなかった。他の場所に興味がなかった、わけではない。体の弱かった私の静養に、あるいは祝いに、単なる避暑にと、家族が考えなかったわけでもない。ただ結局、いつでも行けるのだからと伸ばし続けて、行く前に死んでしまっただけ。
『私ね、いつかはきっと父さんが決めた相手の元に、お嫁に行くんだわ』
場面が変わる――いつかに依頼された、花嫁にあげるための手巾を刺している私に風景が変わる。また、誰かがいる。窓枠に座っているのか、単に窓の向こうにいるのか、とにかく私は窓に向かって話しかけていた。
『それが悲しいわけではないの。父さんは、優しくしてくれるわ。だからきっと、素敵な人を選んできてくれる。……けほっ。でもね、私、お金持ちな夫でもなくていいし、身分だってそんなに興味はないわ。でも、私のことは愛して欲しいの。饅頭を一緒に売ったっていいし、賃仕事だってもっと増やしてもいい。でも、誰かの代わりとか、お人形さんみたいに扱われるのは、嫌よ』
今は、どうだろうか。お人形のように過保護にされてはいるけれど、多分、あの人は私を愛してくれている。お金があっても乾いた暮らしはしたくなかった、いつかのことを思い出す。
『……が……? ふふっ、それは……』
うたた寝が覚めようとする間際なのか、私の声が遠くなる。誰と話しているのか、何を笑っているのか、いつの記憶なのか、わからなくなる。
――目が覚める間際に、話している相手の顔を一瞬見た気がした。知っている顔のはずだという実感も、目覚めにとろけて消えた。
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