第28話 家族を、乞うる
「ん……」
「おはようございます、あなた様」
しばらくして、目を覚ました彼は私の顔をぼんやりと見上げていた。あの時の荒れ狂っていた感情は眠っている間に鎮まったようで、私の頬に手を当ててぽろぽろと涙を流していた。
「
「はい。ご気分はどうですか?」
「お水……」
すぐ近くの水差しにあった水を杯に汲んで口元に運んであげると、彼はこくこくと水を飲んで一息ついたようだった。その間も、私の服をきゅっと掴んでいる。
「大丈夫ですよ、あなた様が仰ったではありませんか。ここは、安全だって。だから、大丈夫です」
その言葉でふさわしいかはわからないけれど、とにかくなにがしかを言わないといけないと思って声をかけた。彼はその言葉に安心したのか、それとも自分のした今までのあれこれを思い出したのか、どこかほっとした様子になる。
「あなた様、あの、お願いごとをひとつ思いつきました。後で、聞いていただけますか」
「そうなの? きみからのお願いだなんて、嬉しいなあ」
彼はそう言って笑い、しばらくして起き上がった。いつも通りの顔をしている彼の様子を慎重にうかがってから、あの、と恐る恐る切り出す。
「この世界に来てるなら、家族の顔を見るだけはできませんか。父さんと、母さんと、兄さん……一族ではなく、私の親兄弟、に」
伏し目がちにしつつ、ちらりと彼の顔を見る。怒られるかと思っていたけれど、彼の表情は思っていたよりは落ち着いていた。真面目に、何かを真剣に――多分、私を家族に会わせていいのか――考えた様子で、私の顔をじっと見る。
「顔を上げて、よく目を見せて」
「え、近っ……」
まつげとまつげが触れ合いそうなほど近くに、彼の顔があってドキリとする。吐息のにおいがわかった。生きている人のはずなのに、生き物のにおいはしない。何かいい匂いのものを嚙んだりしていたのか、ほんのりといい匂いさえした。
「あの、あなた様……?」
「ごめんね、今はちょっと難しいかな。きみの状態がまだちょっとユラユラしているから、今家族に会わせてしまったら、きみが壊れてしまうかもしれないんだ」
「こ、壊れ……?」
前も似たようなことを言われた気がするけれど、この距離で言われるとさらにドキッとした。髪をひと房掬われて、口づけを落とされる。
「大丈夫になったら、すぐに会わせてあげる。彼らの方だって、きみに会いたがっていたからね。僕はそこまで狭量な夫ではないよ」
彼はそう言って、私のお願いを申し訳なさそうに断った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます