第20話 おにんぎょうあそび

小鈴シャオリン小鈴シャオリン


「あなた様……何か、御用ですか?」


 名前を呼ぶ。返事があることが嬉しい。僕の小鈴シャオリン。僕の全部。いとおしい人。綺麗な黒髪も、ぱっちりとした黒い目も、滑らかな白い肌も、僕が必死になって取り戻したものだった。一度はこの手から失われた、もう二度と手に入らないと思いたくなかった大切なもの。いくらでも頬を撫でることができたし、彼女の声をいくらでも聞いていられた。


「きみの、声が聞きたいんだ。そうだ、何か歌ってよ。ね」


 彼女は僕の言葉に逆らわない。彼女は僕が作った存在だから、僕の望みに背くことは絶対にないのだ。だから今も、僕の求めにしたがって歌を歌っている。動くことが嬉しくて怖くて、その両足で立てるようになったことが愛おしくて恐ろしくて、今も感情が渦を巻きながら僕の胸の中で荒れ狂っている。


『小さなぼうや、かわいい人形、私のかわいい小さな子』


 降り注ぐ花の名前が、正しくは恨み桜だと彼女は知らない。僕が教えていないから。この死者と恨みと悲しみの世界で、彼女の周囲だけは穏やかでいさせるための努力は怠らなかった。本当は、悪霊のことだってあまり教えたくないくらい。あの時彼女の耳に入れた奴がいなければ、僕は彼女に悪霊の存在さえも知らせなかっただろう。


「……僕の、かわいい人形」


 彼女は知らない。僕に体も心も操作されているようなものだということを。……時々、彼女の笑顔を見ると胸がつらくなる。僕に微笑みかけてくる笑顔、僕を呼ぶ声、僕に触れるぬくもり、どれも本当は僕が操作しているだけのものだと思うと、悲しくもなってくる。

 ――いや、でも、彼女は僕が作った式たちとは違う。僕の意思がなければ何もできない奴らと違って、彼女には魂がある。彼女自身が生まれ持った、僕が作ったものではないものがある。だから、でも、でも――怖くて、聞けない。


『はい、私は貴方様の意思に忠実です』


 そう言われるだろうに、言われるのが怖かった。すべてが彼女の自由意志だとしたら、そんな都合の良すぎることがあるわけない。かといって、すべてが僕の意思だと思うのは怖かった。結局、どちらが正なのかも比率もわからない。わかるのが、怖い。


「あなた様、とても、ここは綺麗ですね。何度でも、花を見たいです」


「……そう言ってくれて、とっても嬉しいよ」


 地下に封じている大量の、恨みに満ちた悪霊たちの気が晴れるまで、この花は咲き続ける。それを彼女が知ることは、絶対になかった。

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