第15話 閑話—―鏡の外の話
大きく綺麗に磨かれた鏡をのぞき込んでみても、そこには自分の顔が映るだけだった。高価な玻璃の鏡が、重ねた年月と目尻や口元についた皴を見せつけてくる。
「この鏡の中に、死んだ人たちの世界があるというけれど……随分、会ってないな」
鏡を撫でて思い返すのは、もうずいぶんと前に自分の傍を去った弟の顔だった。弟だと知ったのは、いつのことだったか。ある程度育った少年が自分の弟だと言われて、一緒に育てられた。あの頃は黒く短い髪に、くりくりとした目の、利発な少年だった。年を取ってからは、昔のことばかり思い出す。
恋しい娘ができたと言って、頬を赤くしていた弟をからかったこと。そんな弟に、自分や友人で何を贈ろうかなんて口を出した時のこと。弟は家に関係ない立場の子だからと、さっさと結婚を決めるように後押ししたこと。結婚が決まった弟に、贈り物をした記憶。
「……あんなことにならなければ、きっとあの二人はいい夫婦になっていたんだろうな」
呆けた顔で骨の粉まみれになっていた弟の姿は、見ていて本当に痛ましかった。邪術外道に手を出して、けれどそんな弟は戦いにうってつけだった。人をいたずらに殺す皇帝を打ち倒すために、皇帝が殺してきた人の骨や死体を動かせる彼は重宝されてしまった。
「皇帝陛下」
そう話しかけてきたのは、妻だった。もう年を取ってしまったから、と言って彼女は鏡を嫌うけれど、年を取っても髪に白いものが混ざっていても、彼女は美しい。そう思うのは、一緒に暮らしてきたゆえの欲目だろうか。今はお互いに、絹のゆるやかな夜着を着て落ち着いた姿をしている。
「弟君に、話しかけてみればいいでしょうに。あちらの世界に弟君を行かせたのは、政争に巻き込まないためだったのでしょう?」
「そうだな。だがそれは、私に、あの子を殺すかもしれない可能性があるのが嫌だっただけだ。周りが思っているほど聖人君子でないことを、君だけは知っているだろう」
「そうですねえ、昔はお酒を飲んでは大いびきをかいて眠っておりましたもの。あまり強くないからやめておけと何度言われても飲んで寝て……弟君が連れて帰っておりましたのよ?」
そんな顔を知っている相手も、もう、地上では妻くらいになってしまった。もう何十年も年を取っていない弟とは、あまり酒を飲みかわせなかった。あの子が飲めるようになった後は、いろいろとそれどころではなかったから。
「今度、鏡超しに酒でも飲もうと提案してみるか」
「次の日にゆっくりできるときになさってくださいましね?」
妻が茶目っ気のある顔で言う。無理なのはわかっているのに、つい笑ってしまった。
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