第13話 皇帝陛下のお仕事

 彼が私に話しかけるのをおとなしく聞いていた時、一人の霊がふわりと飛んできた。


「主上、皇后陛下とのご歓談中、申し訳ありません」


 うつろな声の霊は、少しずつ糸がほつれるように存在が朧げになっているのが他の霊とは違って見えた。もう少し見てみたかったけれど、彼が私を抱き込んでしまって霊と目線が合わないようにしてしまったので、それ以上はわからない。ぎゅっと入れられた力は、少し痛いほどだった。


「火急の用か。速やかに申せ」


 人に命じることに慣れた、少し冷たい口調。私が聞いたことのない声だった。


「転じて堕ちた者が一人。私をはじめ、ほつれた者も出ております。兵たちでは、抑えきれておりません」


グォイどもは何をしている」


「私の同僚が、知らせに走っております」


 何かを彼が低い声で話したようだったけれど、布でくぐもっていて私には聞こえなかった。きっと、聞かれたくなかったのだろう。だから、私は聞き返すようなことはしなかった。


「僕が行くしかなさそうだね……ごめんね、かわいい小鈴シャオリン。すぐに部屋に戻らせるから、あの部屋の中で待っていてくれる? 悪霊がどう暴れても、あそこは僕の玉座より安全だから。ね、いい子だから」


「大丈夫、です……いってらっしゃいまし」


 私がまだ少しふらつく体に力を入れて、なんとか丁寧に一礼する。たったそれだけの行動に全身の力が持っていかれてしまって、すぐに冷たい石造りの廊下に座り込んでしまった。


「夫人! 皇后を部屋へ」


「かしこまりました」


 空気の中から描き出されるようにして現れた葉夫人が、私の体を抱え上げた。「すぐにお休みしましょうね」と優しく言ってもらって、私はそのまま彼の傍から離れていく。


「また、後でね」


 もっと聞きたいことがあったし、話したりもしたかったのに、私の口は縫われたように動かなかった。いつもの部屋に戻って、葉夫人にいつもの寝台に体を下ろされる。


「陛下はこの世界で一番お強く、一番すべてに通じていらっしゃる御方ですからね。陛下にしか解決できないことは、どうしても多いんです。まだお目覚めになる前に皇后さまの傍に寄り添って、夜を過ごされたこともあります。その時の陛下は本当に安らいだようなお顔をされていたので……皇后さま」


 葉夫人は改まった様子で、私の前に額づいた。びっくりしてしまうけれど、彼女はそのまま言葉をつづけた。


「どうか、皇帝陛下の癒しとなってください。この世界で唯一生きておられる、あの方の安らぎとなれるのは……皇后さまだけなんです」


「……はい。わかり、ました」


 気づいたら、素直に私はそう言っていた。

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