第12話 宮殿の中を回る

 彼は、私にいろいろと教えてくれた。


「この世界は、僕が作った世界で基本的には安全だけれどね。たまに荒れる悪霊とかがいるから、兵士がいるんだ。生前に兵士だった人もいるし、戦いに出たいという者もいる。体がないから、女でもうまく戦う人はいるよ」


「……悪霊、が?」


「もちろん、この宮殿は僕の力で護ってある。きみが悪霊を見ることは、きっとないだろうね」


 幽霊は生前も見たことがなかった。いるらしい、と言われている場所もあったし噂もよく聞いていたけれど、それは私の行動範囲ではなかったし、遠出はした記憶がない。


『—―きみのことは、僕が守ってあげるからね。ほら、これ――』


 あれ、今、誰かの声と記憶を、思い出したような気がする。何かを手に握らせてきた、誰かの記憶。顔は塗りつぶされたように見えないのに、相手が笑っているのがわかる。それに、安心感を感じた自分も。その欠片だけが、一瞬、胸に浮かび上がった。


「……どうしたの?」


「いえ……なんだか、そうやって心強いことを言ってくださることが嬉しいような、懐かしいような気がして」


 私が朧げな記憶を見失いながらそう言うと、「きっといずれ思い出せるだろうし、必要がないことだったら思い出さなくていいからね」と彼は笑った。一瞬思い出した何かは、もう思い出せない。


「ここに昼と夜を作りたいところなんだけど、他にも決めないといけないことが沢山あってね。でも、きみがいるから、僕もがんばれそうなんだ」


「昼と、夜……今は、どうしてるんですか?」


「鐘を打ってるんだけど、やっぱり不便って声も多くてね。あんまり満ちたり欠けたり回したりするより、しばらくは安定させたかったし……でも、そろそろ大丈夫かもなんだ」


「まあ、素敵……」


 代り映えのない窓の外の景色が変わるのは、私にとってもうれしいし、他の人にもいいのだろう。彼が何をしているのかはさっぱりわからないのだけれど、私にできることがあればしたかった。ここで私たちのために、沢山のことをしてくれているのだということはわかるから。


 玉でできた柱、磨かれた木と石の廊下には沢山の部屋があり、朧げな影がいくつも蠢いている。それらは見間違えのようにすぐ消えてしまうけれど、確かにここで働いている霊たちなのであった。


「ここは……とても、静かなんですね」


「必要がなければ、彼らは口を開かないからね。城下町とかは、結構賑やかだよ。いつか、連れて行ってあげるね」


 はい、と私は頷いて、彼のぬくもりに身をゆだねた。

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