第11話 まずは部屋から

 まるで、ふわふわと夢の中にいるかのようだった。否、確かに私は彼に抱えられていて、実際に足は地面についてはいないけれど。彼は私を軽々と抱き上げたまま、まずは私がいる部屋の中を見て回らせてくれた。ほとんど寝台とその近くにしかいないのだけれど、実際にはとても広い部屋だ。大きな衣装箪笥がいくつもあって、どれも細かな彫り物が施されていた。漂ってくる香りは、虫よけの香だろうか。


「桜は春の衣装、朝顔は夏の衣装。菊が秋の衣装で、椿は冬の衣装が入っている衣装箪笥だよ。沢山着て、僕に見せてね」


「まぁ……こんなに沢山?」


 少し開けて見せてくれただけで、仕立てのいい上等な布の服が収められているのがわかった。今着ているのもとても素敵な服だけれど、箪笥の中に入っている服も同じくらい素敵なのが確信できた。壁に仕舞われた丁寧な細工のついた箱を彼が開いて見せると、大粒の宝石がついた冠や腕輪、首飾りが出てきた。


「本当はもっと沢山用意したかったんだけど、これ以上は部屋に入らないって反対されちゃってね。僕がきみに着てほしくて、厳選してこれなんだ。あとは、本棚に本も詰める? 楽器も用意しようか? ああ、それから刺繡の道具も用意しないといけないよね」


「ま、待ってください、まずもうちょっと今あるものを……その、大事にしたくって」


 私は慌てて彼を止めることになってしまった。彼は悪い人ではないのだけれど、あまりにも沢山のものをもらってばかりで、潰されてしまいそうだった。覚えのない愛情と、与えられてばかりのものとが、重い。彼は私の内心を知らずに、私へ頬をすり寄せて「きみは本当に謙虚だねえ」と笑う。


「もっと欲張っても、欲しがってもいいんだよ。きみは……死んだときも、そうだった。足掻いたりしなかった。藻掻いてよかったのに、死にたくないって言えばよかったのに。そうしたら……、ううん、もう意味のないことだった。でも、これからはきみを大事にしてね」


 彼は私が死ぬところを見たのだろうか。そうかもしれないと思った。見苦しくなく死ねたなら、それでよかったと思うけれど……彼はどうやら、そう思わなかったらしい。


「私を、大事に……、ですか?」


 きゅ、と抱きしめてくる力が強くなる。


「この部屋のすべてはきみのもの。きみにあげるために用意したものだよ。まだ、きみがきみを大事にすることがわからなくても……せめて、これらを無駄にしないためって、思ってくれるかな」


 私はその言葉に頷いて見せたけれど、あまり信じてもらえた気はしなかった。

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