第8話 あなたと、お茶の時間を

小鈴シャオリン……疲れた……」


 その日、彼は私の横になっている寝台に来て、無言でそのまま顔をうずめてきた。いやらしい意味ではなく、私の存在を確かめるように私の手を取り、何度も頬を摺り寄せてこられた。


「あ、あのう……」


「!!」


 今日は珍しく声が出るので、恐る恐る話しかける。すると、今まで夫婦らしいのにほとんど会話をしたことがなかったからか、彼は随分と驚いた顔をして私を見た。私もちょっと驚いてしまう。彼は怯えた猫のようにびくっと震えて、私が口を開くことを恐れているように見えた。


「……あなたとお話、してみたいです」


「そ、れなら……お茶でも、飲む?」


 夫だというのにまるで、出会いたての初々しい逢瀬のようで。その言葉に、私はなんとか頷いた。彼はぱっと華が開くように笑って――その顔は、やっぱり誰かに似ているような気がした。



「はい、お茶。僕の特技なんだ、美味しいはずだよ」


 まだ上手に動けない体を、彼は寝台の枕にもたれるような形で起こしてくれた。身分から言っても本来ならだれか人にでも頼むべきことを、彼は自分でやれる人らしい。ほんのりと甘い、いいお茶の匂いがした。綺麗な湯飲みに、明るい緑色のお茶が注がれた。熱が指先に伝わり、じんわりと暖まる。ふーふーと生前のしぐさを思い出すようにして吐息をかけてみてから、一口。


「おい、しい……」


 死ぬ前も牢屋に入れられてからはろくに食べられていなかったし、おいしいものを口にしたのは随分と久しぶりな気がした。体がほぐれて、唇が自然と笑みを結ぶ。


「よかった。小鈴シャオリンが好きな味かもなって思ってたんだけど、自信がなくって」


 甘みのある味は、生前に好んで飲んでいたお茶の味に似ていた。その時に飲んでいた味よりも、数段質がいいものを淹れられていることはわかる。体が暖まったら今なら、前より上手に彼と話ができるような気もした。


「私……あの、ありがとう、ございます。あなたのことは、何、と」


「僕が好きでやってるし、好きで君にお嫁に来てもらったから当然だよ。僕のことは、んー……何て呼ばれたいか、か。ちょっと考えていいかな? いざとなったら、その、いろいろ迷っちゃって」


 ぶつぶつと呟く呼称が何種類か聞こえてくるあたり、どうやら私に何と呼ばれたいのかを迷っているらしい。なんだか可愛らしい人だと思って、くすっと笑みが漏れてしまった。

 この人が、私の夫。私をお嫁に迎えてくれて、私を生き返らせてくれた、この人の妻に私はなるのだ。それは有難いことだったけれど、記憶の中に幽かにある婚約者には、少し申し訳ないと思った。

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