第7話 鏡の国の物語
私が結局その話を聞けるようになったのは、そこそこ時間が経った後だった――と思う。寝台から見える窓の外の景色は、いつも朧げな雲のかかっている天気で時間がわからない。この国には、昼も夜もあまり関係がないのかもしれなかった。
「ああ、皇后様。お加減がよろしそうですね、お話を聞いて行かれますか?」
「……はい。お願いします」
葉夫人は私に微笑んで、まるで小さな子供にするように頭を撫でてきた。夫人に触られるときは、ちょっとだけひんやりとした感触がある。ほかの使用人たちは、私に触れてこない。触れてきて温かいのは、私の夫であるあの人だけだ。
「では、昔々。と言っても、たいして昔ではないですわね。五十年ほど前だったでしょうか――当時の皇帝は人の血に酔い、いたずらに人を殺しては笑う恐ろしい御方でした。皇后様たち
自分が死んだ後の話を聞くのは、少し妙な心地がした。今のところは、時折古い歴史書で聞くような話だ。ここからどうやって、この世界の話につながるのだろう。
「皇帝陛下は兄をよく助け、敵を打ち倒し、戦果を積み上げました。兄君が帝位に就かれた際、その労をねぎらった兄君が仰いました。『我が弟よ、そなたの労に報いるために何を望む。望むのであれば、新たな皇帝としてそれを叶えようぞ』と。皇帝陛下はそれに対し、こう望まれました。『兄君、兄君がお治めになる地上はその徳の光で照らされていることでしょう。けれど、先の暴虐帝によって殺された人々の苦しみと恨みは、簡単には晴れることではありません。ですから彼らを鎮めるため、鏡の中の世界をください』」
「鏡の、中……」
葉夫人は、ここが鏡の中の世界だと言っていた。幽鬼が沢山いたり太陽と月が見えなかったリはしているが、何もかもがあべこべになっているような感覚はない。
「兄君は鏡の中を道士であった陛下に差し上げると約束して、神々に誓いを立てる契約書を書かれました。鏡の中の土地を新たな国とし、その国の民として国中の死者を招かれました。鬼は調伏され、やはり鏡の中へ。この国で生きておられるのは皇帝陛下だけですが、神々のお力で年を取ることも死ぬこともない加護を得られました」
そんなに綺麗な話なだけかしら。ふと、何故か、そんなことを思った。けれど、すぐにその考えは霧散していった。
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