第5話 幕間――とある男の述懐
「皇后陛下は先ほど、お休みになりましてございます」
「そうか。下がっていいよ」
彼女が動いている。目を覚まし、会話の受け答えができていて、触れると感触がある。その喜びを思い返しながら、一人で祝い酒を飲んでいた。
「やっと、やっとだ。止まっていた時間が動き出す。あの日に切り捨てられた、続きが始まるんだ」
「皇帝陛下」
ひやりとした風と共に、豪華な俺の居室に入り込んできたのは馴染みの影だった。目と口の穴が開いているだけののっぺらぼうから、一人の男の姿へと変わっていく。
「皇后陛下がお目覚めとのこと、お慶び申し上げます」
「固くならなくていいよ。あの子は、君の妹なんだから。ほら、座って座って」
彼女は俺を恨んでいるだろうか、その答えを聞くのが怖かった。だから、怪訝そうな顔をしている彼女に名乗れなかった。けれど、彼は知っている。俺の向かいに座って、酒を飲む俺を見ている男は。
彼の名は、
「では――妹をこうも愛してくださり、本当に嬉しい限りだ。あんたをあの子の婚約者にするよう、父上に進言したことには間違いがなかったと思う。だが、どうして名乗らなかったんだ? それに、まだ姿を現してはいけないのか?」
「名乗らなかったのは、俺のちょっとした後悔と意地かな。俺は、君も彼女も助けられなかった。俺がやっとの思いで都に戻ってきて、
酒とともに、今も胸に燻る苦い思いを飲み下す。この世界で生きているのは俺だけだというのに、今も過去と恨みを引きずっていてはいけない。それは死者の振る舞いだ。
「まだ、彼女は心と体をうまく結びつける術が馴染みきっていない。しばらくは、心を大きく揺さぶるようなことは避けておきたいんだ。
「わかった。俺たちを掬い上げ、尊い膝をついてあの子の骨を泣きながら拾い集めた貴方様に、一族は忠誠を誓っている。もちろん、言われたとおりにするとも」
晒された首と打ち捨てられた体を盗み出そうとした段になって、彼女は他の死体とまとめて焼かれてしまった。それを拾い集めて、綺麗にして、肉を補い繋ぎ合わせて、そうして今の彼女ができている。でも、正面から目を見るのが怖かった。彼女に拒絶されることが、「どうして助けてくれなかったの」と詰られることが怖かった。
「陛下。妹を、よろしくお願いします」
友人は改まって一礼すると、ふっと姿を消す。幽鬼である彼らには容易いことだ。彼と本当に義兄弟になれたらよかったと、意味のないことをまた考えた。
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