第35話 ヤルミオンの森深部での戦い②

 セフォリエナは奥歯をかみ締め、沈黙を持って答える。

「あらあら、反応が薄いわねぇ。

 前の時は、『私をその名で呼ぶな!!』なんて叫んでくれたのに、つまらないわ」

「人は変わるものだ。いつまでも同じ私ではない」

 カルレアータの嘲りの声に対し、セフォリエナは怒りを押し殺し静かにそう告げた。


 カルレアータはいっそうの嘲りを込めて言葉を返す。

「そうかしら?

 でも、そうやって身動きが取れないように体を拘束されていると、昔を思い出すのではなくって? あなたが、まだ人間だった頃の最後の記憶を」

 セフォリエナは眉間にしわを寄せ、歯を食いしばって、また沈黙した。


「……本当につまらなくなったわね。

 ひょっとして忘れてしまったのかしら?

 もしそうなら、私があなたの半生を語って聞かせてあげてもいいわよ?」

「黙れ!!」

 セフォリエナは激しい憎悪を込めた声でそう叫ぶ。


 ようやく望む反応を得られたカルレアータは、興が乗ったようで笑みを深めて楽しげに話し始めた。

「やっぱり振り返らせてあげるわね。

 まず、あなたの、見栄っ張りで、小狡くて、性悪な父親は、邪魔になったあなたを殺す事にした」


「えッ?!」

 カルレアータの隣で茨に守られているハーフエルフの少女がそんな声を上げ、息を飲んだ。

 セフォリエナは歯を食いしばり厳しい表情でカルレアータを睨みつけたが、何の言葉も発しない。

 カルレアータの口上は、誰にも妨げられる事なく続いた。


「次に、あなたの、嫉妬深く、執念深く、悪辣な異母兄は、ただ殺すのでは飽き足らず、あなたを下賤な男達に与えて、好きなように嬲らせた。

 そうしてあなたは、何人も何人もの男達に、何度も何度も犯され、散々に嬲られ、陵辱と暴虐の限りを尽くされた。

 そして挙句の果てに、槍で惨たらしく刺し貫かれ、最後には生きたまま火で焼かれた。

 それでも、あの忌わしいハーフエルフから与えられた宝珠のおかげで命を永らえたあなたは、しかし、人間のままでは生き続ける事が出来ない状態だったので、人を止めて魔物になり、今ではあのハーフエルフの愛玩動物。

 ああ、なんて無残な人生なのかしら、哀れな、哀れな、アイラちゃん。

 どこで間違えてしまったのかしらね? 出来る事なら過去に時を遡ってやり直したいのに。本当はあなたもそう思うでしょう? アイラちゃん」


 カルレアータの口上が途切れたところでセフォリエナが口を開いた。その声は酷く冷たいものになっている。

「2つ訂正がある。

 私はフィンの愛玩動物ではない。妻だ。

 そして、貴様に哀れまれる必要はない。今の私は、とても価値のある、良き生を生きているからだ。

 過去にどのようなことがあろうとも、それを踏み越え、変化して、未来を向いて生きる。私達にはそれが出来る」


 その言葉を聞いた瞬間、カルレアータの顔から表情が消えた。

 セフォリエナは言葉を続ける。

「貴様等のような、永遠に訪れない救いを求め、永劫の後悔の中に生きる者共とは違う」


 カルレアータの表情が怒りに歪んだ。

 そして全てを呪うかのような声で告げる。

「永劫ではない。いつか必ず、全ての誤りが正される時が来る」

「いいや、そんな時は絶対に来ない。私達が阻む。貴様等は私達に勝てない。絶対に、だ。

 永遠の敗北者どもよ、貴様等こそが哀れだ」

「貴様ッ……」

 そう呟いて怒りを露にするカルレアータだったが、しばらくして、小馬鹿にしたような笑みを取り戻し、またからかうような口調に戻ってセフォリエナに告げる。


「随分言ってくれるようになったわね、アイラちゃん。

 でも、そんな余裕を持っていられる状況なのかしら。

 とっくに気がついているでしょう。自分の能力が封じられてしまっていることに。

 ちなみに、他の幹部連中が、あのサーラとかいう面倒くさい女も含めて、あなた方の城に残ったままなのも分かっているわよ。


 絶対に負けないなんて口にしても、あなたにはもう何の抵抗も出来ないし、助けも来ない。

 そして、あなたが死ねば、あなた達全体も綻びる。あなた達が敗れる時も近づくのよ。

 それから、あまり生意気な事を言っていると、殺す前に酷い事をしてしまうわよ?

 泣いて許しを請うた方がいいのではないかしら?」

「……」

 セフォリエナは何も応えない。


「そう。いい覚悟ね。それじゃあ始めるわね。

 私、あなたがその時どんな目にあったのか、大体知っているのよ。

 何人もの男たちに、体中を同時に、普通なら死ぬほどに惨く嬲られて、無茶苦茶に傷つけられて、ズタズタになるまで犯されたのよね? それを再現してあげるわ。

 その時あなたがどんなふうに鳴いたのか、教えて頂戴」

 カルレアータがそう言うと、それに応えるかのように黒紫の触手が一斉に動き始めた。


 セフォリエナの両腕を拘束する触手が動き、その腕を無理やり広げようとする。

 セフォリエナは渾身の力を込めて対抗したがかなわず、両腕を斜め上へ伸ばすような形にされてしまった。手にした槍を放すことはなかったが、反撃することも出来ない。

 そして、その体を触手が這い、縄で打つかのようにコートを締め付ける。

 胸の膨らみ、深いくびれから臀部が描く魅力的な曲線、すらりとした脚線、といったセフォリエナの魅力的な体の線が強調された。

「ッ!!」

 セフォリエナは歯を食いしばり嫌悪と恥辱に耐える。


 その背後では、過誤者達に絡みついた茨がその動きを止め、未だ息があった14体の過誤者達は次々とその戒めを解いていた。

 そして、その者たちは、セフォリエナへとにじり寄ってくる。


「その子達にやらせてあげる事にするわね。数はまだ足りなかったわね?」

 カルレアータは首をかしげながら、セフォリエナにそう聞く。

「でも、人間よりもずっと体力があるから、その時以上にあなたの事を可愛がってあげられるはずよ?

 どう? 楽しみでしょう?」

 そして、更にそう言って、嗜虐的な笑みを深めた。

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