第30話 命令変更と5年前の戦
下水道跡から出たエイクは、“精霊の泉”へ向かった。そして、シャルシャーラがいる事を確認すると、ロアンの屋敷の一室を借りそこにシャルシャーラを呼んだ。
シャルシャーラは、ほとんど間を置かずにエイクの前に現れた。
シャルシャーラは“精霊の泉”に居る時には、女サムライのミカゲという事になっている。その為、普段は黒髪と黒い瞳に姿を変え、ヤハタ邦国風の薄手の衣服を着て、娼婦に身を落とした女サムライといった姿で店に出ている。
だが今は、異国の踊り子を思わせる露出が多く扇情的な衣服を身に付けていた。髪と瞳の色も本来の濃い桃色に戻している。
短期間に衣装を合わせたらしい。
シャルシャーラはその姿で、寝台の近くに立っているエイクの前に跪き、首を垂れて告げた。
「お呼びでしょうか。ご主人様」
その仕草や言葉の一つ一つが、えも言われぬ色香をかもし出す。
エイクは厳しい口調で告げた。
「お前の働きは役になった。だから、約束通り抱いてやる」
「ああ!! ありがとうございます」
シャルシャーラは歓喜の声をあげてエイクを見上げ、その身に縋り付こうとする。エイクはそのシャルシャーラの髪を掴んだ。
「あッ!」
思わずそんな声を漏らしたシャルシャーラを、エイクは乱暴に寝台の上に放った。
そして、寝台の上で身を伏せるシャルシャーラにのしかかって行った。
しばらく時が経って、エイクが思いのままに振る舞った後、それでもまだ精を欲したシャルシャーラが、寝台に横たわるエイクへ懸命に奉仕を続けていた。
エイクは、そのシャルシャーラに顔を向けて声をかけた。
「お前への命令を変更する。支障のない範囲で、ロナウト・ラングを優先的に調べろ。特に彼が反ルファス公爵派になった経緯について詳しくだ」
「畏まりました。ご主人様」
シャルシャーラは手と舌を動かすのをやめてそう告げる。
「分かったならさっさと行け」
奉仕を続行しようとするシャルシャーラに向かってエイクはそう告げた。
エイクは、シャルシャーラの行いによってまた欲望を高ぶらせてしまっていたが、余り簡単に餌をやるべきではないと考えて、去るように促したのだった。
「はい。承知いたしました」
シャルシャーラは、名残惜しそうな様子を見せつつもそう答えてエイクから離れ、素早く衣服を身に付けると去って行った。
エイクも、身繕いを整えて自身の屋敷へと帰る事にした。
屋敷に戻ったエイクは、アルターを呼んで明日にでも南へ向かう事を告げ、準備を整えるように指示した。
その上で、更にもう一つ要望を口にした。
「それと、前に少し話した、昨年末にルファス大臣が襲撃された事件について、出来るだけ詳しく教えて欲しい」
「畏まりました。と申しましても、あの事件について確定している事実は、概ね以前述べた通りです。
ルファス大臣に恨みを持っていたと思われるレシア王国や二重王国の出身者が参加していた。その為のレシア王国の関与が疑われたものの確証はなかった。
そして、襲撃者のうち数人は逃げ延びており、姿を眩ませたままである。といったところです。
ですが、その襲撃に参加し、そして生き残っている可能性が高いと思われている人物がいます。シモン・フオーレルという名の男です」
「フオーレルといえば、5年前のボルドー河畔の戦いでルファス大臣に敗れて、その責めを負って滅ぼされたレシア王国の貴族だったな」
「その通りです。その滅ぼされたフオーレル侯爵家に唯一残された直系。当主ヨセフス・フオーレルの孫にあたるのがシモンです。そして、シモン・フオーレルは、フオーレル侯爵家廃絶後に祖国を出奔していました。
彼にしてみればルファス大臣は一族が廃絶となった元凶。また彼が経験した事を思えばその恨みは相当に強かったはずです。出奔はルファス大臣を討つためだったと思われます。
事実、明白ではないものの、襲撃の際にそれらしき風体の者が目撃されているのです」
エイクはその話に関連して、以前から少し気になっていた事を聞いた。
「そのフオーレル侯爵家だが、いくら大敗したからといって当主を処刑して家ごと廃絶というのは重過ぎる罰だったんじゃあないか?」
敗軍の将が何からの責めを負うのはやむを得ないにしても、勝敗は兵家の常である。敗北の度に総司令官を殺していては将の成り手がいなくなってしまう。まして、家ごと廃絶というのは確かに尋常の罰とは思えない。
アルターは軽く頷いてエイクの問いに応える。
「ただ敗れただけならおっしゃるとおりです。ですが、ヨセフス・フオーレル侯爵の罪は敗れただけではなかったのです。
詳しくお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
エイクの求めに応じてアルターが説明を始めた。
「まず、ヨセフス・フオーレル侯爵は我が国への侵攻の際、主だった一族の者を殆んど引き連れて来ており、軍の本営の多くはフオーレル一族で占められていました。
直系のうち本国に残されたのは、まだ14歳で成年に達していなかった末の孫シモン一人で、シモンの兄と姉も従軍していました。
そして、既に高齢であったヨセフスは、自身は全体的な戦略の決定や兵站などを主に担うことにして、戦術的な軍の指揮は嫡男のヘクトルに任せていました。
そのため、レシア王国軍を奇襲した我が軍が最優先の目標としていたのはヘクトルでした。我が軍が狙ったのはレシア王国軍の指揮の混乱だったからです。
そして、目論見どおりヘクトルを討つ事に成功します。その経緯はエイク様もよくご存知でしょう」
「ああ、聞いたことがある」
確かにエイクはその時の事を聞き知っていた。父ガイゼイクの武勲にも関係する話だったからだ。
アストゥーリア王国軍がレシア王国軍に奇襲をかけた時、ガイゼイク率いる炎獅子隊は真っ先に敵本営に殺到した。
そして、ガイゼイクは本営に居た中でも最強と見て取った敵に打ちかかった。その相手が、フオーレル侯爵家に客人として滞在していたサムライ、ハクタリ・モノベである。
ガイゼイクは激闘の末にハクタリを討ち取る。
その間にヘクトル・フオーレルも討たれた。ちなみにヘクトルを討ったのはあのフォルカス・ローリンゲンだった。
だが、総司令官たるヨセフス・フオーレルはその場を逃れる事に成功した。
アルターが話しを続ける。
「総司令官ヨセフスこそは逃れたものの、実際の指揮をとっていたヘクトルとその側近達は根こそぎ討ち取られ、レシア王国軍の指揮統制は崩壊。残された軍はなす術もなく壊走しました。
その場を生き残ったヨセフスとフオーレル家の一族の者達ですが、彼らはこの後誤りとしか言いようがない行いをしてしまいます。
当主ヨセフスの命を守る事を最優先に考えて、真っ先にヨセフスを退却させたのです。そしてその代わりに、一族の者達が殿として壊走する軍の最後尾に残りました。
恐らく、嫡男を失ってしまった以上当主まで失うわけには行かないと考えたのでしょう。そして、その代わりに一族が最後尾に残って、軍の被害を最小限にとどめて責任を取ろうと。
愚かな行為と断ぜざるを得ません。ヨセフスは総司令官だったのですから、多少の危険は負ってでも出来る限り前線近くに留まって残兵を糾合すべきでした。そうすれば、少なくとも一団として退却する事は出来たはずです。
ところが、ヨセフスが速やかに戦場から姿をくらまし、更にその一族も最後尾に残った為に、レシア王国軍全体を指揮するものは誰もいなくなり、全く統制を欠いてしまいました。
ヨセフス・フオーレルの経歴や過去の事跡、そしてそこから想定される性格を考えると、そのような判断をする者とは思えなかったのですが、如何なる事情でそのような行いがなされたのか、今となっては分かりません。
いずれにしても、そのような事情で全く統制を欠いてしまったレシア王国軍に、妖魔共が襲いかかったわけです。
我が軍の追撃に備えるならば、決死の覚悟のフオーレル一族が最後尾を守るというのも意義があったかもしれません。しかし、実際に起こったのは四方八方からの妖魔の襲撃でした。
軍としての統制を欠いていたレシア王国軍には、他と連携していない小部隊で敗走していた者も多く、妖魔により大きな被害を受ける事になってしまいます。
当然ながらフオーレル一族もまた被害を免れる事はできませんでした。
生き残った少数の者の証言によると、フオーレル一族はオークの群れに襲われ、主だった一族は全員討ち死にしたそうです」
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