第28話 ある男女の会話

 その日の夜、炎獅子隊の副隊長の一人だが、今や実質的に新編された光竜隊の副隊長であるクリスティナが、自宅の居間で一人の男と話していた。

 2人はともにゆったりとした夜着を着て、気安げな様子で寄り添うように1つのソファーに並んで座っている。


 男は30代中頃に見える。本来なら36歳のクリスティナと同年代なのだが、クリスティナが実年齢よりもずっと若く見える為、傍目には歳の離れた男女のように見えた。

 その男は、茶色の髪に温和な印象を与える面長の容貌で、身長は少し高めだが痩せ気味だった。

 クリスティナは、いつもは背中で無造作に束ねている長く美しい金髪を解いて、くつろいだ様子を見せていた。


 だが、2人の会話は気楽なものとは言えない内容だった。

 クリスティナが隣の男に聞いた。

「それで、改めて聞かせてモーリス。

 結局、フェルナン・ローリンゲンがフォルカスをデーモンに変身させたという事でいいのかしら」


 モーリスと呼ばれた男が答える。

「間違いないね。

 それから、賢者の学院のナースィルも、やはり一味だ。多分、実行犯はナースィルだろう。

 もっとも状況証拠だけだから、まだ公的に動くのは難しいだろうけど」


「やっぱり貴族や立場のある相手は面倒ね。

 ただの平民なら、真実さえ分かってしまえば、後はとにかく捕縛して無理やり自白させればいいから、証拠なんて必要ないのに」

「……」


 モーリスは思うところがあってしばし沈黙した。

(よく言うよ。自白も捕縛も省略して、いきなり根本的な解決をしてしまう事も多いくせに)

 そんな事を考えていたモーリスにクリスティナが顔を向ける。その視線は若干鋭いものになっていた。

「どうかしたのかしら?」

 そして、そう告げた。


「いや、何でもない。

 ところで、この件について、ご当主様はどう考えているんだろう?」

 モーリスは、そう問いかけて追及をかわした。

 

 クリスティナは、訝し気な様子を見せつつも問いに答える。

「お父様は、国内の情勢に介入するつもりはないわ。この件についても同様よ。生き残るためにはブルゴール帝国との連携を何よりも最優先にすべきだ。という持論に変わりはないから。

 今はブルグヘルト大公を迎える準備、要するに大公の気を引く為の準備にかかり切りのようよ。

 詳しくは教えて貰ってはいないけれど、お父様自身で盛んに動き回っているみたい。

 もっとも、そこまでして頼ろうとしているブルゴール帝国が、必ずしも安定していないというのが難しいところのようだけれど」

「そうか……。ご当主様も大変だな」


「ええ、状況によっては、私たちも総動員される可能性もあるから、心には留めておいて。

 その場合は、今の仕事をすべて放棄してそっちを最優先にすることになるから」

「わかっている。僕達は全員ご当主様と一蓮托生だ」


「まあ、今はそこまで切迫してはいないわ。だから、私たちは私たちの仕事をしましょう」

「了解した」

 モーリスは了承の意思を示すと、一拍おいてまた話し始めた。


「いずれにしても、フェルナンを糾弾するのに必要なのは、第三者も納得させられるだけの物証だ。

 それから、物証を集められていないという点では、ガイゼイク・ファインド殺しの犯人についても同様だ。

 あの事件の犯人も、まず間違いなくナースィルとフェルナンだが、やはり物証はない。

 今回は、神聖魔法が使えたり感知能力に長けたりする者が多くて、どうにもやりにくい」

「そう、残念ね。確かな証拠を提示できれば、エイク・ファインドを味方に引き込めると思ったのに」


「いや、それは何とかなると思う。

 多分彼は自力でフェルナン達が父の仇だという事に辿り着いている。こちらが、フェルナンと敵対していると証明できれば、きっと味方に出来るだろう」

「どうして、そう言えるの?」


「ケルビア男爵の周辺に、例のサキュバスがうろついていた。巧妙に姿を変えていたし、あのサキュバスも危険だから確認に少し時間がかかったが、間違いない。

 ナースィルの動向も“猟犬の牙”の残党がかなり詳しく探っている。

 エイクは僕らと同等かそれ以上の情報を入手しているとみていい。つまり、僕らと同等かそれ以上に真実に近づいているはずだ。

 実際、ナースィルの動向については、最近のものだけではなく4年前の9月の行動をわざわざ確認していた。ナースィルをガイゼイク殺しの犯人と疑った上で調査をしているとしか思えない。

 ナースィルとフェルナンの関係に気づいていないはずもない」


「……だとすると、猶更彼らから情報を得られなかったのは残念ね」

「そうだね。彼が集めた情報を知る事が出来れば、もっと早く、より確実に、事実関係を確かめることが出来たはずだ。それに、決定的な証拠が得られたかも知れない。

 だが、仕方がない。彼は主に“精霊の泉”で報告を受けているからね。あそこは、僕のトモダチ達には行き難い場所だ。神殿や賢者の学院と同じように。

 その上、どういうわけか最近急に勘が良くなってしまったから、もう本人に張り付くのも難しい。

 おかげで、未だ物証はなしという状況だ。フェルナンに直接張り付くのもやはり危険だからね。

 だが、それでも攻め口は見つけている。

 ローリンゲン侯爵家の使用人のサンデゴ。こいつを押さえればきっと決定的な物証が得られる。

 もっとも、サンデゴを押さえたら一気に事態が動くだろうから、慎重に準備を整える必要はあるが……」


「出来るだけ急いで。

 アルストール公子は本気でやるつもりよ。今月の式典に間に合わせる必要があるわ」

「わかった。何とかしよう」

「頼むわ」


 クリスティナは、そう口にした後、少し間をあけて、躊躇いがちな様子で声をかけた。

「……でも、無理はしないで。あなたの安全の方が優先よ」

「ありがとう。クリス。十分に注意するよ。

 それに、クリスの方こそ気を付けて欲しい。アルストール公子の周りには何か不穏な感じがする。彼を信用しきるのは危険だ」


「分かっているわ、モーリス。ありがとう」

 クリスティナはそう告げると、モーリスへと両腕を伸ばしその首に絡めて身を寄せる。

 モーリスもそれに応えるようにクリスティナの背に腕を回し、両者は抱擁を交わした。

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