第54話 反乱貴族達の真実①
昼食は続き、フィントリッドは料理の説明を饒舌に語っていた。
エイクはその説明をほとんど聞き飛ばしていたし、フィントリッドの部下達すら真剣には聞いていないように見受けられた。
だが、フィントリッド自身は上機嫌といった様子だ。
(話しを引き出すように、少し試してみるか)
エイクはそんな事を考えて口を開いた。
「ところで、俺はオフィーリア女王は苛烈な性格の人物だと思っていたんだが、実際には随分優しい方だったんだな」
「ん? なぜ、そう思うのだ?」
「敵を許したからだ」
エイクはそう告げた。
実際、オフィーリア女王は反乱を起こした貴族を皆殺しにしてはいない。少なくとも、首謀者ではないと認められた貴族達は、それなりの罰則を受けたものの、家名の存続を許されていた。
それは、その部分だけ見れば、確かに寛大と言ってよい処置だ。
「前は、反乱を起こした貴族を皆殺しにしては国が立ち行かなくなるから、やむを得ず許したのだと思っていた。
だが、実際にはオフィーリア女王にはあなたがついていた。
あなたがいれば反乱貴族を全部殺しても問題なかったはずだ、それなのに多くの者を許したということは、女王が優しかったからこそだろう」
エイクは続けてそう説明する。
「はは、それは、いささか考えが足りない推測といわざるを得ない。
確かに軍事力という面では、私1人の力で当時の貴族達の代わりにはなっただろう。当時のアストゥーリア王国は今より小国だったしな。
しかし、1人の魔法使いに軍事を依存する国などというのは余りにも歪だ。その魔法使いに支配されているようにも見えてしまう。
そんな状況では、民や周辺諸国は不信感を懐く。たとえ、その魔法使いが魔術師ではなくても、国を支配する魔法使いなどという存在は、やはり恐怖の対象だからだ。
それに、軍事力だけなら何とかなっても、政府の運営までは肩代わり出来ない。
やはり貴族という存在は必要だったのだ。少なくとも、反乱鎮圧のすぐ後は、まだな。
貴族共の権力を本格的に制限できるようになったのは、大図書館の付属学院が上手く機能して、国に直接仕える官吏や士官を用意できるようになってからだった」
フィントリッドは教え諭すような口調でそう返した。
「そうか、だが、だとしても、反乱の首謀者まで許す必要はなかったはずだ」
「誰の事を言っているのだ?」
フィントリッドはそう聞き返す。
現在知られている歴史において、その反乱の首謀者はギグナシウス・クラスス侯爵という男だったとされている。しかし、そのクラスス侯爵は反乱鎮圧後に処刑されていた。
「アルトリオ・トラストリア。当時の王弟にして、オフィーリア王女の叔父。そして、初代トラストリア公爵でもある男。
本当は、彼こそが反乱の首謀者だったのだろう?」
「どうしてそう思うのだ?」
エイクの答えを聞いたフィントリッドは、興味深そうにまた聞き返した。
「反乱が成功すれば、アルトリオが次の国王だ。犯行によって最大の利益を得るものが主犯に違いない」
それは余りにも短絡的な暴論だった。エイクも無論そう思っている。
だが、真実を知る者の前で愚かな暴論を口にすれば、真実を告げて教え諭したい気持ちにもなるだろう。自己顕示欲が強い者ならば、特にそう思うはずだ。
エイクは、そうやってフィントリッドの自己顕示欲を刺激して、情報を引き出そうと考えていた。
エイクは以前から、ルファス公爵家とトラストリア公爵家の対立の原点となった、反乱当時のいきさつを詳しく知れば、何らかの参考になるかも知れないと思っていた。
そして、オフィーリア王女と共に反乱貴族と戦ったというフィントリッドならば、その事情にも詳しいだろう、とも思っていた。
しかし、その程度の情報を得る為にフィントリッドに借りを作るべきではない。そう判断して、直接聞くのは止めたのだった。
だが、フィントリッドが自主的に話すなら借りにはならない。
エイクはそんな思惑を持って、この話題を振ったのである。
「その推測は的外れというものだ。
奴は反乱の首謀者ではなかった。だがまあ、確かに、ただ巻き込まれただけという訳でもなかった。そして、オフィーリアは優しさ故にアルトリオを許したのでもない。
あれは単純に過ちだった。本当は殺しておくべきだったのだ。
少し長い話になるが、当時の事を教えてやろうか?」
案の定、フィントリッドはそんな事を口にした。
(乗ってきたな)
エイクはそう思ったが、表面上は的外れといわれて気を悪くしたような態度を見せつつ、「教えてもらえる事があるなら聞こう」と答えた。
「よかろう。
ではまず、そうだな。大前提として、オフィーリアの父王フレグストという男はな、いわゆる悪王だったのだ。
そして、今の歴史で悪逆なる反乱の首謀者とされているクラスス侯爵は、実際には民の為に立ち上がった善意の者だった」
フィントリッドの言葉は、いきなり歴史の通説を覆すものだった。
歴史上では、悪逆な反乱貴族らが、善良な王を殺した事になっていたからだ。
「フレグストもオフィーリアにとっては良い父親だったようだ。
しかし、当時民は、あの男の無軌道な政策、気まぐれな増税、そして無謀な戦と敗戦、その結果としての更なる増税によって、塗炭の苦しみにあえいでいた。
その上あの男は、更に戦を仕掛けようとした。それに対して諫言を述べた家臣を殺したりもした。
そして、税を払えないと訴えた村を、見せしめとして滅ぼそうとすらした。
クラスス侯爵とその同志達は、それを止める為に決起したのだ。
つまりクラスス侯爵ら最初に決起した貴族達の動機は、民の為という純然たる善意だった。
しかし、クラスス侯爵らが初戦に勝つと、その尻馬に乗って後から私利私欲に基づいて反乱に参加した者達も多数いた。
その中の1人が、フレグストの弟アルトリオだった。
奴の目的は、そなたが言うとおり王位だ。
クラスス侯爵は自身が王になる気はなかったから、アルトリオの即位に同意した。恐らく、一刻も早く国をまとめたいという気持ちもあったのだろう。
だが、アルトリオは中々狡猾だった。自分は矢面に立たないようにして、裏で策を弄したのだ。
具体的に言うと、オフィーリアを殺そうとしたのはあの男だった。
反乱貴族達が王都を占拠した時、王フレグストとオフィーリアの兄にあたる王子は捕らえられ、オフィーリアだけが城外に逃れた。
王と王子は処刑されたが、オフィーリアについては同情的な貴族が多かった。
既に父の片棒を担いで悪政に参加していた兄王子と違って、オフィーリアはまだ年若く、政に一切関わっていなかったからだ。
そして結局、捕らえない訳には行かないが、命は助ける事に決まった。他ならぬクラスス侯爵もオフィーリアは助けるという考えだったそうだ。
だが、アルトリオはこの決定に不満だった。
自分の地位を磐石にするために、オフィーリアをも亡き者にしたかったのだ。そして、秘かに追手に手を回して、オフィーリアを殺そうとした。
要するに、アルトリオは反乱自体の首謀者ではなかったが、オフィーリア殺害計画の首謀者ではあったわけだ。
その上奴は、小ざかしい事に、オフィーリアを殺すという密命を下したのは、クラスス侯爵ら最初に決起した貴族達だと、追手の者達に思い込ませていた。
何かあった時に、追手の口から真実がばれ、自身の都合で王女殺害を企てたという汚名を着るのを避けたかったのだろう。
そして、この小ざかしい策略は成功した。
オフィーリアは追手の口から、自分を殺そうとしているのはクラスス侯爵達だと聞かされ、その結果、クラスス侯爵達を深く憎んだ。
反乱を起し、父と兄を殺した上、表向きは王女の命は助けると言って善意を見せながら、その実秘かに殺そうとする。そのような卑怯者だと考えたからだ。
それに、追手の者達によって、オフィーリアを逃がそうとした親しい者が何人も殺されてもいたからな。
要するに、その時点でオフィーリアはアルトリオに騙された訳だ。
その後、私の助力を得たオフィーリアは反乱貴族達と戦う事を決意した。
その頃には彼女も、父が悪王でありクラスス侯爵達が民の為に立ったのだと理解していた。
だが、それでもなお彼女は、正統な王位継承者である自分が、必ず王になると決めたのだ。いかなる犠牲を払おうともな。
そうと決めたからには、父が悪だったなどということを認める事はできない。
オフィーリアは、父はずっと実権を奪われており、実際に悪政を行っていたのはクラスス侯爵たちだったと宣言した。
そして、父がついに悪の貴族を除こうとしたところ、先んじて決起して父を殺したのだ。と、そう布告し、クラスス侯爵らを断罪した。
要するに、善意の貴族達を極悪人だということにして、自身と父の正当性を主張したのだ。
それからいろいろあったが、結局オフィーリアと私達は勝利した。
そして、クラスス侯爵ら最初に決起した貴族達を全て処刑した。反乱だけではなく、その前の悪政すら彼らのせいにしたのだから、殺さない訳にはいかない。
とはいっても、オフィーリアもそれなりに悩んでいた。父や兄の仇とはいえ、民の為に立ち上がった者を極悪人の汚名の下に殺す事に躊躇いもあったのだ。
だが、当時のオフィーリアは、クラスス侯爵らが自分を殺そうとして親しい者の命を奪ったと思い込んでおり、その恨みもあったから、結局はクラスス侯爵らを殺した。
そして、最初に言ったように、その時点で貴族を皆殺しには出来なかったから、後から反乱に参加した者は、首謀者ではないと見なして助けた。アルトリオすらも含めてな。
こうして、あの反乱を起こした貴族達の中で、民を思って行動に出た、善意の者達だけが殺されてしまったのだ。中々滑稽な話だろう」
フィントリッドは、そう言って笑みを見せた。
「……」
エイクはとっさに答えを返す事ができなかった。
滑稽でもなければ、笑ってよい話とも思えなかったからだ。
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