第53話 懐かしい料理
その後、各々が席に着き、昼食となった。
「本当は私が厨房で調理すれば、最良の料理を用意できるのだが、今はエイクを迎える立場だからな」
フィントリッドはそんな事を言っていたが、それでも運ばれてくる料理は、どれも素晴らしく美味だった。
ちなみに、エイクは武装を解かずに椅子に座っていた。
あまりにも無作法な態度だか、エイクには武器や防具をフィントリッド達に委ねる気にはなれなかったのである。
フィントリッドもその事を咎める事はなかった。
そのうちに、一品のスープが運ばれてきた。香辛料が効いた肉や野菜のスープだ。
「これが、以前そなたが希望していた物に一番近いのではないかな」
フィントリッドがそう言った。
「ああ、確かに、俺が希望したのはこの料理だ」
スープを一匙すくって口に運んだエイクは、そう答えた。
そのスープは、かつて“伝道師”に振舞ってもらった、あの懐かしいスープと同じ料理だった。
エイクは、その味を忘れた事はない。
そして、あれ以降、同じ料理を目にした事もなかった。思いの外、あの料理は珍しいものだったのである。
(伝道師さんが作ったものよりも、洗練されている。だが、これは間違いなく同じ料理だ)
エイクはそう確信した。
そして、念のために問いを発した。
「アストゥーリア王国では見かけないが、これはどこの国の料理はなんだ?」
「これはどこかに伝わっている料理ではない。私が創作したものだ。
だから、私自身か、この城に住む者にしか、この料理は作れない。
いや、外の者に作り方を教えた事もあったから、今もその者は作れるかもしれないな。
だが、いずれにしても、この料理は単純なようでいて、かなり珍しい料理だという事だ」
「そうか……、そうなんだな」
そんな答えを返しつつ、エイクはある判断を下していた。
(ほとんど決まりだな。伝道師さんにこの料理を教えたという、異常なほど調理が上手い男というのは、フィントリッドだ。
まあ、フィントリッドから教わった者が、伝道師さんに教えた、という可能性もないことはない。
だが、俺がオフィーリア王女と大精霊使いの話しをした時の、伝道師さんの様子はおかしかった)
かつて“伝道師”はエイクに、この世界に運命はないが運命のかけらはあるという話をした。
そして、運命のかけらが作用した具体的な例として、賊に襲われた姫君を偶然居合わせた旅の戦士が助ける、というものをあげた。
その時エイクは、似たような話として、反乱貴族に殺されそうになったオフィーリア王女を大精霊使いが助けたという、アストゥーリア王国における歴史上の出来事について口にした。
それを聞いた“伝道師”は、少し言いよどみ何やら言葉を濁した。
あの態度は、今にして思えば、その話の当事者を知っていたからこそのものだったように思われる。
そして、オフィーリア王女を助けた大精霊使いとは、即ちフィントリッド・ファーンソンの事に他ならない。
それは基本的に本人の自称に過ぎないのだが、エイクはそれを信じて良いと思っていた。
何しろフィントリッドは、精霊王の二重顕現という、その大精霊使いが行ったと言われていながら、誰もが信じていなかった非現実的な術を、エイクの目の前で行ってみせたのだから。
とするならば、やはり“伝道師”はフィントリッドの事を知っていたとみるべきだ。
このような事を考えあわせれば、“伝道師”に料理を教えた異常に調理が上手い男というのは、フィントリッドなのだと思われた。
(伝道師さんは、料理を教えた者の事を、基本的に敵だと言っていた。
だが、悪意や憎しみを持っているような感じではなかった。状況次第では協力する事もあると言っていたしな。
伝道師さんとそんな関係を築いているなら、フィントリッドの事はある程度信用してもいいのかも知れない)
エイクはそんな事を考えたが、同時に嫉妬心を懐いていた。
フィントリッドは“伝道師”に料理を教えるほど親しく、自分が知らない過去の伝道師のことを知っているのだろうと思ったからだ。
(……しかし、1100年以上の時を生きるという者と知り合いだとするなら、伝道師さんも見た目どおりの存在ではない可能性もある。
あの姿形も偽りのものかも知れないのか……)
エイクは更にそんな可能性も考え、少し気落ちした。彼はあの“伝道師”の完璧な美貌も、当然ながら、大いに好ましいと思っていたからだ。
(だがまあ、どんな姿形だったとしても、今の俺にとって伝道師さんが最も大切な存在である事に変わりはない)
エイクはそんな事を考え、また追慕の情を懐いた。
そんなエイクの感慨に気付く事もなくフィントリッドが発言する。
「こつさえ掴めば、本当に簡単に作れるようになるぞ。どうだ、そなたにも教えてやろうか?」
「いや、やめておく」
エイクはそう答えた。
「俺はこの料理を、自分で作りたいと思っているわけじゃあないんだ」
そして、感慨深げにそう続けた。
「そうか、わかった」
フィントリッドは軽く答える。彼はやはりエイクの感慨になど気付いていないようだ。
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