第10話 アルター指導員の講義――神話――
おお、エイク殿。この年寄の話しを聞きたいとはお珍しいですな。
神話ですか。よろしいでしょう。お聞きください
――――――
始めに“母”と呼ばれる唯一つの存在があった。
“母”が如何なるものであった知る者は最早いない。
今はただ“始原の母”と呼ばれている。
“母”は、まず永劫の大なる炎“太陽”を創った。
次に万物が拠って立つべき“大地”を創った。
そして、“神”と呼ばれる存在を数多創り、“世界”を形作れと命じた。
そしてまた、全ての命の基となる一本の“樹”を創り、神々の指図によって働く数多の“龍”を創った。
“神”と“樹”と“龍”は母によって直接創られた命あるものとして、始原の三者と称される。
この“樹”は今日“生命樹”と呼ばれ、この“龍”は今日“古龍王”呼ばれる。
神々のうち、特に大きな力を持つものが十柱あった。
即ち
光明神ハイファ
戦神トゥーゲル
地母神ファフィス
商業神カガル
賢神イスマイム
暗黒神アーリファ
破壊神ムズルゲル
劫掠神ネメト
冒涜神ゼーイム
悪神ダグダロア
の十神である。
彼らは十大神と呼ばれ、その他の神々は小神と呼ばれる。
神々は、龍たちの力を以って世界の創造をはじめた。
まず、太陽に近か過ぎ焼け溶けていた大地を太陽より離し、程よい位置に移し、熱がいきわたるよう回転せしめ、また太陽の周りを回らせた。
そして、その形を球に整え、熱を中心に集めて堅き陸地を創り、その一部を水で覆って海となした。
そしてまた月を創り、大地の周りに回らせてこれを攪拌せしめた。
この大地はマーニスと名付けられた。
神々は、「光」「闇」「炎」「風」「氷水」「岩土」の6種の精霊を創り、マーニスに自然の恵みを行き渡らせ、万物を循環せしめた。
そして、神々はいよいよ“樹”を用いて数多の生物を創り始めた。
その実を採って“魂”となし、その葉枝をとり、更に幹を砕いて“体”を創った。
“樹”は根のみとなってマーニスの地下に残った。
ただし、今もなお若芽を息吹かせ実をならすこともあると伝わる。
神々は、魂と体をあわせ、そこにマナとオドを宿らせて生物とした。
そして、全ての生物に転生の理と進化の理を定めた。
生物はその生涯において様々な経験を経ることで、魂と体、そしてマナとオドを鍛える。やがて魂も体も老い衰え、死を迎える。
生物が死すと、その鍛えられたマナとオドは世界へと還元され、魂と体も分かれる。
しかし、魂はその老いを生物の記憶と共に取り除かれ、強さのみ増して次の生物の体へ宿る。
これが転生の理である。
体は死によって万物の循環の輪に戻るものの、その鍛えられた力は子に引き継がれ、幾世代をも経る内に、やがて新たな生物といえるほどの力を身につける。
これが進化の理である。
こうして世代を重ねるごとに、世界に満ちるマナとオドは鍛えられ、魂と体の力も増し、より強きものが増えるようにしたのである。
生物の創造と進化は繰り返され、やがて、生物の中に神の存在を理解し、その言葉を聴く知性ある者たちが誕生した。
神々はこの者たちを世界の担い手とすることとした。
しかし、更に世界の創造が続く中で、神々の間に対立が起こった。
担い手たる者たちのあり方、また彼らが旨とすべき信条について、神々の考えが異なったからである。
神々は集いを開き長く話しあった。
しかしまとまることは無く、世界の創造は遅々として進まなくなった。
そのような有様が長く続く中、ついに十大神の一柱、暗黒神アーリファが神々の集いに反旗を翻した。
アーリファは己に従う者に大いなる力を与えると称して担い手たちを己の下に誘った。
数多の担い手が誘いに乗りアーリファに従った。
その者らは実際にアーリファから力を授かり、人はオーガとなり、エルフはダークエルフとなり、ドワーフはドヴォルグとなった。
そしてまたアーリファは己一柱の力でもって、新たな種族を創造した。ゴブリン、オーク、トロールらの妖魔がそれである。
これらの変化した種族は闇の担い手と称される。また、闇の担い手と妖魔をあわせて魔族とも称される。
アーリファはそれらを率い、己の教えに基づく世界を作ろうと欲した。
しかし、力の付与と妖魔の創造により神としての力を使い果たしてしまった。
アーリファの離反を受け、集いに不満をもっていた四大神も集いを離れた。
破壊神ムズルゲル
劫掠神ネメト
冒涜神ゼーイム
悪神ダグダロア
の四神である。
小神や龍の中にもこれに従う者が少なくなかった。
魔族のほとんども、力を失ったアーリファを見限りこの四神に従った。
アーリファとこの四神を合わせて闇の五大神と呼ぶ。
これに対して、集いに残った五大神は光の五大神と呼ばれた。
そして、闇の五大神は、それぞれが己の考えに従う者を率い、従わざる者を滅ぼさんと欲した。
こうして神々の戦いが始まった。
闇の五大神の内アーリファは神の力を失い、他の四大神も互いに協力することは無かった。
集いに残った五大神、即ち光の五大神は、互いに協力しようと欲したが、それでもなおその意見がまとまることは無く、闇の神々を打ち倒すことは出来なかった。
そして、神々は永遠とも思える長き戦いを繰り広げることとなった。
この戦いの中、ほとんどの“龍”は死に絶え、最後に残った一体も深く傷つき長き眠りに入った。
また、いく柱もの小神が消滅した。
それでもなお神々の戦いが終わらぬ中、“母”が降臨し、世界を無に帰すことを告げた。
この“母”の決断の理由は分からない。
神々の戦いに飽いたからだとも、ただの気まぐれに過ぎなかったとも言われている。
神々は争いを止め、“母”に翻意を乞うた。
しかし“母”の意思は変わらず、世界の終わりを避けるため、神々は“母”に戦いを挑んだ。
この時一柱の小神のみが“母”に従い世界を無に帰すことを欲した。
この神は名を禁じられ、“邪神”とだけ呼ばれた。
“母”は決して滅びることの無いものであったため、神々は“母”を現世と異なる空間に移し封印せんと欲し、ついにはこれを成し遂げた。
しかし、“母”が封印されると共に、神々もまた世界から姿を消した。
“母”の封印には、当時世界に存在していた全ての神々の、全ての神の力を使うことが必要であり、神々もまた、その全てが異なる空間にて“母”を封印し続けなければならなかったからである。
こうして世界は完成せぬまま担い手たちの手に委ねられることとなった。
今日もなお、神々はその力のほとんどを“母”の封印に費やしながら、限られた力で担い手たちを見守っている。
そして、神々に出来ることは、時に神聖魔法の使い手を見出しその魔法の使用を認め、稀に神託を下すことで僅かながら世界に影響を与える事だけである。
この世界のあり方は、いまや担い手たちにかかっているのである。
ただし、担い手たちは、名無き“邪神”に注意せねばならない。
彼の者もまた封印されたが、その封印は“母”のものよりも遥かに弱い。
そして“邪神”は“母”の封印を解く術を心得ている。
“邪神”の復活は“母”の復活につながり、それは世の終わりの始まりである。
“邪神”の封印は守られねばならない。
―――――――
以上が一般に知られる創世神話です。
これは基本的に光の神々による神託の内容等に基づいて形作られています。と言うのも、闇の神々の神託の内容は余りにもそれぞれの神に都合がよく語られており、公平性に欠けると考えられているので、余り参考にされないのです。
ただ、光の神々の神託が完全に公平かというと、そうとも言い切れないと主張し、その信憑性を疑問視する声もありますな。
いずれにしても、神々が地上に存在したの時代の話は、詳しくは分かっていません。
神託では神々の時代の事については余り語られないからです。
話の中にもあったとおり、神々はその力の大半を“母”の封印に費やしており、頻繁に神託を下す事は出来ません。
そして神託の内容は多くの場合、現在と未来に対する示唆や警告等が多く、過去について語られる事は稀である為、詳細は不明なのです。
これは、神々が過去よりも現在と未来を重視しているからだと言われています。
まあ、口の悪い者は、神々は己に都合の悪い過去の失敗を隠そうとしているのだ、などと主張することもありますがね。
ただ、いかなる神の神託においても“名無き邪神”に注意せよ。との警告は頻繁に発せられています。闇の神々の神託においても同様です。
このことから神々がいかに“名無き邪神”を警戒しているかが分かりますな。
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