剣魔神の記
ギルマン
第1章
第1話 ゴブリンとの戦い
日の光もあまり差し込まない薄暗い森の中。
棍棒を持った1体のゴブリンと対峙する少年の姿があった。
少年は、クロースアーマーを着込みショートソードを中段に構えている。
容姿に優れた少年だった。
歳の頃は、まだ十代前半と思われるが、その身体はしなやかに引き締まって均整が取れている。
人目を引く鮮やかな金髪と碧眼の持ち主で、幼さを残しながらも美しいと評してよい整った容貌をしていた。
その表情は、緊張と闘志によって硬く引き締められている。
ショートソードを構える姿は堂にいったもので、自分と変わらぬ体格のゴブリンに付け入る隙を与えていない。
「グガ、ガァ」
ゴブリンはそんな声を出しながら、両手で持った棍棒を頭上に上げたり、体の横に構えたり、盛んに動かしている。
牽制のつもりのようだ。
だが、まるで無駄だった。
少年は全く惑わされず、ゴブリンの動きを見据えている。
ゴブリンが棍棒を体の右側へ大きく振りかぶろうとした。
その瞬間、少年が仕掛けた。
「はぁッ!」
裂帛の声を上げ、大きく踏み込み、ショートソードを右から左へと振るう。
武術の心得がある者が見ていたならば、子供らしからぬその巧みな攻撃に感嘆しただろう。
少年の動きは、速いとは言えないものだったが、代わりにゴブリンの隙を的確についており、ショートソードは見事にゴブリンの首を捉えた。
「グギャァ」
ゴブリンが叫ぶ。
もしこれが一人前の戦士の攻撃だったなら、その一撃でゴブリンの首は深く切り裂かれ勝負はついていただろう。
例え子供の力でも、大きなダメージを与えるのは確実なはずの、急所への一撃だった。
だが、今はそのような結果は得られなかった。
少年の攻撃はゴブリンの皮膚を切っただけで、肉まで食い込まずに止まってしまい、深手を与えていない。
圧倒的に力が足りないのである。急所に当てても、まともなダメージを与えられないほどに。
少年もこの結果は予想外だったのか、一瞬驚きの表情を浮かべ動きを止めてしまう。
「ゴッ、ガァ」
そんな怒りの声とともに、ゴブリンが右に振りかぶっていた棍棒を思いきり振るう。
棍棒は少年の左脇腹を打ち据え、その体を弾き飛ばした。
「くッ」
倒れた少年の口から苦悶の声が漏れた。ゴブリンに与えたよりも大きなダメージを負ってしまっている。
だが、少年は歯を食いしばって痛みに耐え、直ぐに立ち上がった。
(慌てるな!)
少年はそう自分に言い聞かせながら、素早くショートソードを構え直す。
そして、こちらに向かって来るゴブリンに改めて切りつけた。
その攻撃はゴブリンの左肩口に当たった。だが、やはり薄く皮を切るだけでかすり傷しか与えていない。
ゴブリンが反撃とばかりに棍棒を真上から打ち下ろす。
少年は一歩下がって、今度はその攻撃を危なげなくかわした。
その回避は、やはり体の動き自体は速くはないものの、相手の動きを先読みしたかのような見事なものだった。
最初の一撃を食らったのは、一瞬気をそらしてしまったが故の不覚に過ぎなかったようだ。
戦いの技量は少年が勝っていた。
実際その後の攻防で、少年は何度も攻撃を当て、ゴブリンの攻撃を全て避けた。
しかし、少年の攻撃はどれも悲しいほど威力が低かった。
中には当たったのに皮すら裂けず、全くダメージを与えられない攻撃すらあった。
「くそッ!」
少年は思わず悪態をついた。
少年の体に変調が生じ始めていた。
ショートソードを握る手の握力が弱まり、足元もふら付いて覚束なくなる。
戦いが始まってまだそれほど経っていないにも関わらず、早くも少年の体力が尽きようとしているのだ。
(この程度、僕の力はこの程度なのか。死ぬ気で戦っても駄目なのか!?)
少年は心中でそう叫んだ。
憤り、嘆き、悔恨、焦燥。様々な感情が沸き起こり、少年の思考をぐちゃぐちゃにかき乱す。
その混乱は剣技を鈍らせ、少年のショートソードは2度続けて空を切った。
ゴブリンの棍棒を避ける事は出来たが、それも紙一重の差で、今までの回避に比べて遥かに危うくなっている。
(落ち着け。まだだ、まだ勝ち目はある!)
自らにそう言い聞かせた少年は、大きく息を吐きどうにか呼吸を整え、感情を押し込めた。
力が抜けて取り落としそうになるショートソードを、満身の力を込めて握りなおし、今にも崩れ落ちそうな足に気合をいれ、無理やりに踏ん張る。
そして、改めてゴブリンの動きを見定めて攻撃した。
今度の攻撃はゴブリンの胸元を捉えた。
しかし、その一撃が与えたのも、やはりかすり傷に過ぎない。
むしろショートソードを振るった勢いにつられて、足がもつれてしまう。
少年の体はその程度の踏ん張りすら利かなくなっていた。
その少年の頭目掛けてゴブリンが棍棒を振るう。
体を思うように動かせなくなっていた少年には、最早その攻撃を避ける事は出来なかった。
棍棒は少年の右側頭部を打った。
「ぐぁッ!」
少年の口から苦痛の声があがる。
受けたダメージは一撃目よりも大きく、少年は一瞬目の前が真っ暗になり、意識を失いかけた。
気力の限りを尽くして、どうにか意識を保った少年だったが、その体は今にも倒れそうだ。最早、死は彼の間近に迫っていた。
少年を明白な死の恐怖が襲い、それ以上の激しい怒りが湧きおこる。怒りは自分に恐怖を与えているゴブリンと、不甲斐ない自分自身に同時に向けられたものだ。
その恐怖と怒りが、少年に最後の力を振り絞らせる。
(負けてたまるか! こんなところで負けてたまるかッ!!)
死の淵ギリギリで踏みとどまった少年は、己を叱咤した。
「うおおぉぉお」
そして、雄叫びをあげ、力の限りショートソードを握り締め、倒れそうになる体を無理やり引き起こし、そのまま遮二無二ゴブリンに突っ込んだ。
構えも剣技もかなぐり捨てた、回避を一切考えない捨て身の攻撃だった。
ゴブリンはついに攻撃を当てた事に喜んだのか、棍棒を頭上に振りかざして何か叫んでいる。
少年が必死に握ったショートソードは、そのゴブリンの胸にあたった。そしてそのまま少年の体がぶつかる勢いに押され突き刺さる。
「ゴハッ」
ゴブリンは血を吐き、少年の体当たりを支えきれず、仰向けに倒れこんだ。
少年も自分の勢いを止める事ができず、ゴブリンと一塊になるようにして倒れた。
それでも少年はショートソードを放さず、倒れた拍子にショートソードはより深くゴブリンを抉りその身を貫く。
「ガッ……」
そんな声がゴブリンから漏れ、それを最後にゴブリンは絶命した。
少年はゴブリンの体から何かが抜け出ていくのを感じつつも、自身の意識を保つのがやっとだった。
少年が負った傷もまた致命的なものだったのだ。
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