精霊の王様

「おお、これが、王」


 目の前の光景に、ローズちゃんは息をのむ。


「グオオオオオオオオオオオッ!!」


 空気を震撼させる大咆哮に、生まれて初めて圧倒されている。

 腹の底から力を込めて、歯を食いしばって踏ん張る。

 でないと、倒れてしまいそうだからだ。

 其処にあったのは喰らう者による蹂躙劇。

 唯一の無二にして並ぶモノ無し、正しくキングの姿だった。


「なんとも、凄まじい、ですわ」


 まぁ、その、侮ってすまんかった。

 こんなに驚いたのは生まれて初めてだ。

 生まれて一日も経っていないけど。

 まぁなんだ。

 この私をここまで驚かせるなんて大したものだぞ。


 ◆◆◆◆◆


 少しだけ時間を巻き戻す。


「ウッキッキー」


 日光にいるようなお猿さんを前にして、ローズちゃんはどうしたものかと頭を働かせていた。


「うーむ」


 まさかの二匹目も、戦えなさそうなのが出てしまうとは想定外だ。

 ちょっと手伝ってくれるだけでもいいんだけど。

 アザゼルを含めて相手は五匹。

 二匹を守るとなると、このお猿さんを背負うのか?

 使う術も限られてしまうな。

 勝ち抜き戦でも提案してみるかな。

 でもな。召喚した意味がなくなってしまうのは本意ではない。

 えーどうしようか?

 もう一体召喚するのか?

 それでダメだったらどうする?

 向こうは四体だから、四体までならいいとしても。

 それでもダメだったら?

 当たりが出るまで引くというのか?

 いやいや、それはカッコ悪いだろ。

 うーむ。

 あ、ついつい落胆の色を見せてしまった。

 こっちの都合で呼び出したにも関わらずだ。

 そんな態度は正義の味方として、NGだろう。


「どうしようかな?」


 色々と葛藤していると、聞き覚えのない声で呼びかけられる。


『おい、人間』


 端的で短いが、腹の底に響く得体の知れない迫力を感じた。


 え、誰?誰か私に話しかけた?


「……?」


『おい、人間の娘よ、こっちを向け』


 低くく、とても渋い声だった。

 思わず乙女心にキュンとくる、そんな素敵な声。

 こう、なんか、思春期を迎えていたら、腰が砕けてしまったかも知れない。

 まぁそれは言い過ぎだが、それほどに好みな声だった。


「え、何、このイケメンボイス」


 ローズちゃんは頬を染めて、キョロキョロと見回してみるが、そんな該当者は見当たらなかった。


「え?どこ?」


 目の前には。


「ウッキッキー」


 日光にいるようなお猿さんがウキウキ言っているくらいだ。

 歯を剥いて手をパシパシと叩いていらっしゃる。

 何だかとても楽しそうだ。


 その手拍子に合わせるように、私の頭上では。


「ピッピッピ~。ピッピッピッピ~」


 スライムさんも歌うように鳴いているが。

 心が和む、なんともホッコリする歌だ。


「?」――え?どういうこと?


 空耳だったのかと思ったところに、再びのイケメンボイスが。


『コラ、我だ。おヌシが呼び出したのだろうが』


「え、マジで?」


 今度は誰のものなのかを認識出来た。


「お、お猿さんなの?」


 まさかの正体は、日光にいるようなお猿さんだった。


「ウッキッキ」


 ムキムキと言いながら手をパシパシと叩いて、はしゃいでいらっしゃる。

 まさかこんなのがイケメンボイスだとは思わないだろうが。

 この生まれて初めてのトキメキを返して欲しいんだが。


「あ、あの」


 とりあえずは恐る恐る聞いてみることにした。


「その~、今の声って、お猿さんなの?」


『そうだ。良い声だろう。

 思念だ。

 おヌシの頭の中に直接届けているのだ』


「え、あ、そうなんだ。へー」


 余りにも驚いてしまい、素になって言葉使いを間違えていた。

 盛大にガッカリしたというショックもある。


 お猿さんは口ではムキムキ言いながら、思念を飛ばしてくる。


『それで、我と契約をするのか?』


「契約、ですの?」


『我を呼んだのはおヌシだろう』


「ええ、それは間違いないですわ」


『我の名は夜叉猿。闇の精霊なり。

 契約を結べば力を貸してやるぞ』


 契約で力を貸す。

 貸してくれる、その代わりに何かを必要とするのかな?


「え、何か対価が必要なんですの?」


『当たり前だ』


 当たり前なのか、それもそうか。

 ただほど怖いモノなど無い。

 まぁ、呼び出した手前、無下にできんしな。

 詳しい内容を確認するとしよう。


「何を差し出せば良いのかしら?」


『魂………と言いたいところだが』


 お猿さんは、ムキ、と歯を剥いた、とってもスケベな顔となった。

 鼻の穴をぷっくりと膨らませて、逆さ三日月という、ビックリするくらいのいやらしい目だ。


「お、おお」


 ローズちゃんは大きくのけ反り、生まれて初めてゾワゾワした。

 赤子の身体だったら粗相をしていたことだろう。


「え、何その顔、とってもいやらしいんですけど」


 お猿さんは逆さ三日月の目のまま、ムキっとして言う。


『おヌシ、将来はとんでもない美女になるな』


「え」いきなり何を言い出すんだ。


『我には未来が見えるのだ。

 まぁ女限定だがな。

 それ以外は興味がないからどうでも良いことよ』


 とんだスケベ野郎だな。このエテ公め。


「え、まさか」


 この展開は、まさかいやらしい系の話に持っていくつもりなのか?


『肉体も魅惑的なモノに育つだろう』


 それはまぁ、あの母上様の娘だし美貌とボインなのは間違いないが。


 まさかまさかとは思うが一応聞いてみる。


「まさか、身体を差し出せなんて言わないですわよね?」


『クックック』


「お、おお」


 再び、ローズちゃんはのけ反った。全身がゾワゾワしたから。


 幼女に何ていやらしい目を向けるのだ。

 エロエロ過ぎるだろう。セクハラだぞ。

 私が鋼鉄のメンタルでなければトラウマになっていたところだ。


「ムッキッキ」


 お猿さんは再び、ぷっくらと鼻を膨らませて、逆さ三日月の目に歯をムキっとしながら、ズバリと言う。


『我はおヌシのボインを所望する』


「へ?」


 ボイン?


『将来、たわわに実ったおヌシのボインを揉ませるのだ』


 えーーーー。


「うーーーーん」


 ローズちゃんは悩んだ。

 さすがに抱かせろなんて言われたらお断りだったが、しかし思ったよりも対価が大したことはない。

 英雄は色を好む。

 ローズちゃんは性にオープンだし、男も女もイケる口だ。

 彼氏も彼女も沢山作ってやろう、そう思っている。

 ハーレムも有りだ。

 むしろそうなる事を望んでいる。

 ちゃんと平和的に了承をいただいた上での事とするのが大前提だが。

 まぁ流石に旦那と嫁は一人ずつにするつもりだ。

 同性がダメだというなら、法の改正を速やかに行い、国が拒否するというのなら、国を割って独立してでも強行する不退転の決意で望むと決めている。

 とにかく。

 そんなローズちゃんに、ボインを揉ませるくらいはなんて事はない。

 平気も平気、へっちゃらである。

 お尻もおまけで付けても良いくらいだ。

 それくらいのことは些事である。

 胸を揉むなんて、領主になったら領民たちのスキンシップの一環にしようと考えているくらいだ。

 新たな挨拶にしようと目論んでいる。

「おはよう」で揉んで、「元気?」で揉ませて、「最近やってる?」で揉んで揉ませて性欲を煽り、人口を増やすという政策を行い、自らが先頭に立って片っ端から揉ませて揉みまくる所存だ。

 とんだセクハラ領主が爆誕しそうだが。

 しかし、それでもやっぱり、一番に揉ませるのだけはちょっとだけ嫌だ。


 よって、熟考して出したその答えは。


「では、彼氏か彼女が揉んだ後、二番目ならよろしくてよ」


『ふむ、良かろう。契約は成立だ。

 期限はボインがたわわに実る収穫期までだ。

 おヌシを主人と認めてやろう』


 ムキっと笑い、グッとサムズアップするお猿さん。


 その瞬間、ローズちゃんはお猿さんとの繋がりが出来たことを感じた。

 運命の糸が繋がったような感覚。

 精霊契約が結ばれたのだ。


「ムッキッキ」


 お猿さんは、ジロリと雷の檻に目を向ける。


『で、奴らを全て喰らえば良いのだな』


「え、一人でやるつもりなのかしら?」


『問題ない。我はあの夜叉猿だぞ、大精霊など朝飯前だ』


 意味深にそう言うと、檻で囲われているアザゼル御一行の前までぴょこぴょこと進み、こちらを振り返った。


『檻を解除しろ、主よ』


「え、本当に一人で宜しいのかしら?」


『問題ない、早くしろ』


「ええ、では」


 雷の檻が消えた瞬間、精霊バトルが幕を開ける。


 ブンっと、お猿さんの正面にいた風の精霊少女シルフィードが腕を振るう。


「えい!」


 放たれたのは少女が見えなくなるほどの巨大な風の刃だ。

 空気を切り裂きながらお猿さんを強襲する。


『我に飛び道具はきかぬ』


 お猿さんはその斬撃をモノともしない。

 顔の前に迫り来る斬撃の刃をアッサリと掴み取ると、そのまま口の中に入れてパクパクと食べてしまった。

 そしてそのままスタスタと歩み寄り、ガシッと少女の両肩を掴んで固定すると、ガパリと大きく口を開いた。


 バクン!


 そのまま頭を食らい、千切ってしまう。

 少女の頭が無くなり、首からシュワシュワと緑色の魔力が血のように吹き出した。

 お猿さんはそれをボリボリと咀嚼する。


 それを見て、なんとも嫌そうな顔をして嫌そうな声を発するローズちゃん。


「ええ」


 真顔でこっちを向かないで欲しい。とってもホラーだから。


『うむ。風の精霊は美味よ』


 ゴクリと飲み込んでからペロリと唇を舐めると、再び大口を開いてバクンと少女を一飲みにしてしまった。


 おお、スゲーな。あの身体で一体何処に入るのだ。


「ヒヒーン!」


 水の馬ケルピーがいななきと共に、洪水のような青い光の奔流を吐き出した。


『む?』


 迫り来る濁流を前に、夜叉猿は取り乱す様子もなく、平然と顔を向けて再び言い聞かせるように告げる。


『我に飛び道具は効かんと言うただろうが』


 グワっと大口を開き、その全てを受け止めながらスタスタと水の馬へと歩み寄る。


 ガブガブと飲み込みながら距離を詰め、そして最後はガブリと、水の馬ごと一飲みにしてしまった。


 あっさりと二匹目を平らげたところで。


「グオオオオ!!」


『地の精霊か』


 大地の大精霊タイタンが上から襲いかかる。

 十メートルを超える岩で出来た大巨人だ。

 ガシッと組んだ手を大きく振り上げて、力一杯に振り下ろした。


『グワッハッハッハ!』


 夜叉猿は豪快に笑うと、大口を開けたままに。


『喝っ!』


 黒い瘴気のような魔力をブワリと吐き出した。

 尋常ではない量が、大巨人に襲いかかる。


「グガガ!?」


 吐き出した闇の魔力は巨人の体中に纏わりつくように絡みつき、ピタリとその動きを封じ込めた。


『エネルギーも溜まった事だし、本性を見せてやるぞ』


 言うと、夜叉猿の身体がムクムクと膨らみ始めた。

 それは瞬く間に十メートルを超え、幼く愛らしかった容貌も豹変する。


『うむ、久しぶりに本来の姿を取り戻したぞ』


 普通のお猿さんが、黒眼のない鋭い目つきの凛々しい顔立ちに。

 見事な逆三角形の筋骨隆々のマッスルボディ。

 とてもカッコイイ、ザ・キングコングである。


『グワッハッハッハ!我は夜叉猿!闇の精霊王なり!』


「王!?闇の精霊王だと?!」


 仰天したのはアザゼルだ。大口を開けたビックリしたイケメン顔を晒している。


 天界、魔界、精霊界、と。

 こことは別次元にある世界において、精霊界は六人の精霊王が君臨している。

 精霊王とは神と同格の存在であり、夜叉猿は闇の頂点、王様なのであった。


『頭が高い、王の御前ぞ』


 夜叉猿は巨人の腹を強烈なパンチで抉ってくの字に折ると、下がった頭を押さえつけ。


「ムン!」


 そのまま力任せに叩き潰した。

 バラバラの粉々に砕け散った大巨人。


『岩は好かん』


 言って、大口を開き、エネルギービームを吐き出して完全に消滅させる。


「グオオオオオオオオオオオッ!!」


 火の大精霊サラマンドルが炎を吐き出した。

 灼熱の奔流が夜叉猿を飲み込まんと強襲する。


『だから飛び道具は効かんと、何度言ったら理解するのだ』


 呆れ顔を向けて、またまた大口を開いてその全てを飲み込みながら近寄っていき、サラマンドルの尻尾を掴むと、ビタンビタンと大地に叩きつけた。

 何度も、何度も、十メートルを超える大トカゲを、まるでオモチャを壊すように叩きつけた。


『ムン!』


 最後は強烈なパンチを背中に打ち込み、トカゲを完全に沈黙とさせる。


『ふむ。おどり食いも乙なモノよ』


 言って、ビクンビクンと痙攣する大トカゲを持ち上げ、そのままアーンと頭から飲み干してしまう。


『グワッハッハッハ!!

 弱い!弱過ぎるぞ!大精霊!

 せめて我と同じ精霊王を連れて来い!

 グワッハッハッハ!!」


 おお、強い。侮ってごめんなさい、夜叉猿さん。


 ローズちゃんは見た目で侮るのを二度と辞めようと心に誓った。





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