特別なるモノよ!わたくしの前に顕現せよ!その呼びかけに応じたのは、可愛いらしいアクセサリーだった。

 

 ローズちゃんの巨大な神の手に優しく撫でられているアザゼル。

 その手を、見ることも感じる事も出来ずに、上から押さえつけられて、一歩も動く事が叶わないという五体。

 胸中に宿ったのは恐怖だ。


「な、なんだ?!一体、何が起こっている?!」


 未知なる恐怖。

 それは、目の前で微笑む幼女の姿を幻覚に変えた。


「な、ん、だ、と……」


 それはまるで冥府に君臨するいう、禍々しくも畏れ多い遥か格上なる殿上人、死の神を前にしたような、そんな錯覚を引き起こし、それには悪魔の肝を凍りつかせた。


「あらあら、ビビらせてしまいましたか」


 そう言って、少しだけ眉を下げる困り顔を見せたローズちゃん、仕方がないので撫でていた手を戻してやると、拘束を解かれたアザゼルがバックステップで距離を取り、声を張りあげた。


「【精霊召喚】!大精霊よ!ここに顕現せよ!」


 行使したのは精霊召喚。

 精霊とは、神族が創造した人類とは異なり、魔力の影響を受けたあらゆるモノから自然発生したとされる精神生命体のことである。

 例えば火に魔力が何らかの作用を起こして発生したモノは火の精霊となり、水なら水の精霊、木なら木の精霊となる。

 自我を持たないモノから、進化して叡智が芽生え、強大な力を持つモノまでのピンキリである。

 その歴史は人類よりも長く、魔界に君臨する悪魔と同様に、この世界とは別次元にある精霊界にて属性ごとの国に分かれて、一大社会を築いている。

 それぞれの王は神と同等の力を持ち、大精霊は王に次ぐカテゴリーに属している。

 アザゼルが用いたのは召喚魔法だ。

 精霊は悪魔や天使と相性がとても悪く、元天使であり、今は悪魔に属しているアザゼルが、この召喚術を使えるのは、実に稀有なケースと言える。

 また、アザゼルが十二天使に選ばれたのは、天界で唯一召喚術を使えるということが五割、残りの五割はイケメンだからだ。


 アザゼルの背後。

 四つの魔法陣から彩り鮮やかな光の奔流が溢れ出す。

 四色の光の奔流。

 燃えるような赤は火の魔力を示し、山吹色は大地の魔力を、薄い緑は風を意味する。

 そして、最後の一つは生命の根源たる水、青い魔力だ。


 四色の彩りは各々形を成していき、やがてそれは一瞬の明滅を最後にして、四体の大精霊が顕現を果たした。


 まずは右からだ。

 燃え滾る炎で造られた十メートルを超えるドデカい大トカゲ。

 火の大精霊サラマンドル。


 その昔、人族の国近くに顕現した時は、火のブレスを吐き散らし、魔力が尽きるまで万の軍を蹂躙したという。


 一番奥に控えるのは、小山ほどもある岩の大巨人、大地の大精霊タイタンだ。

 圧倒的な質量を武器に、その進撃は人類に止める術は無い。

 その昔、何処ぞの王都に攻め入った時は、王城を粉々に粉砕したという。


 一番手前でちょこんと佇んでいるのは、クルクルとした旋風を衣服のように纏う少女、緑髪をポニーテールに結った愛らしい姿である。

 風の大精霊シルフィード。

 その容姿に騙されてはならない。

 中身は凶悪にして凶暴につき、その昔に顕現した時は、片手では収まらない数の、村という村を虐殺した殺人鬼だ。


 最後は、霧状の魔力をゆっくりと漂わせる、透き通る水で造られしお馬さんだ。

 水の大精霊、ケルピーである。

 その水は濃密な魔力の塊で、無尽蔵の魔力量を誇る。

 その昔、魔力による大洪水を引き起こし、山という山をはげ山とせしめてみせた。


 どれもこれも、人族の国を恐怖に陥れた過去を持つ、大悪魔に匹敵する戦闘力を誇る。


 この時、アザゼルが召喚術を行使したのは正解であり、そして失敗でもあった。

 正解なのは、このままでは相手にならないという事。

 見えない神の手でペシャンコにされて終わりである。

 そして失敗だったのは、この召喚術にローズが興味を示した事だ。


「おお、コレは、なんとも」


 ローズちゃんは仮面メガネを額の上にずらして良く見えるようにすると、目の前で並び立つ四大精霊をマジマジと見つめ始めた。

 瞳に宿したのは羨望だ。スカイブルーの双眸がキラキラと輝いている。


「ほう、これは、また、凄いですわね」


 前のめりで顎を撫で撫でしながらの凝視、ガン見である。

 淑女らしからぬポーズで、乙女心を踊り狂わせている。


「ほう、ほう、ほう、ほう、ほう。

 なるほど、なるほど、なるほどね」


 なんだか凄いのが四体も出てきたよ。

 火のトカゲと岩の巨人に水の馬、極めつけは風を纏う愛らしい少女だ。

 良いな、召喚魔法。

「出でよ!神龍!」

 なんて、一度で良いから言ってみたいではないか。

 絶対に気分が良いよ。

 顔が良いだけのアザゼルにしてはよくやった。

 どれ、ここは一つ、褒めてつかわすか。


 ローズちゃんは両手を広げて、大袈裟にも幼い声を弾ませてやる。


「まぁ、なんて素晴らしいのかしら。

 とっても面白いですわ。

 良いですわね、それ」


 なんだか言いようのない琴線に触れてしまったではないか。

 カッコいいではないか、召喚獣。

 召喚術は記憶の中にないものだ。

 なので、ここはトレースしてしまおう。


「ふむ」


 魔法陣はこの目で見た。

 全てを見透かすスカイブルーである。

 全能神より賜った神の眼だ。

 一度見ればその全てを模倣出来るというチートである。


「えーと、たしか、こんな感じでしたわね」


 両の手のひらを突き出して、魔力を練りながら先程見た魔法陣を思い描く。


 ブォン!と、思惑通りに、イメージ通りの魔法陣が浮かび上がった。

 銀の明滅を繰り返しながら緩やかに回転している。

 あとは練り上げた魔力を魔法陣に流し込み、掛け声をかけるだけ―――、なのだが。


「む?これは」


 此処で踏み止まる。


 ローズちゃんは気づいてしまった。


 魔法陣の紋様が読める、意味を理解出来るということに。

 それは先人の知識の賜物である。


「ふむふむ」


 なんとなく読み進めてみると、ある事実に気づき、そして、閃いてしまう。


「あれ?」


 この部分の紋様って精霊に限定しているな。

 もしかして、限定しなければ何か違うモノが出てくるのかも知れない。

 ふむ、ならば、丁度良い。

 ここをアレンジしてしまおう。

 そうすれば、アザゼルの猿真似では無くなる。

 バージョンアップだ。

 私の方が優れているのだ。

 良し、では早速。

 精霊に限定しないで、私の琴線に触れるモノにしようではないか。

 えーと、わたくしにとって、特別な存在、と。

 そう、スペシャリテだ。

 この強さを求めない曖昧な感じが良い。

 何が出てくるのか分からない、ドキドキ感が堪らないではないか。

 出てからのお楽しみだ。


 と、即座に書き換えて、勇ましく叫んだ。


「お出でなさい!わたくしのスペシャルな召喚獣よ!」


 カッ!


 スタングレネードさながら、銀光が爆発したように弾け飛んだ。

 先程アザゼルが召喚した時とは比べものにならない閃耀である。

 真夏のギラギラな太陽を視界全面で直視したような感じだ。


 そして、それは、呑気にワクワクとしていたローズちゃんに、超至近距離から襲いかかった。


「ぎゃっ!」


 自爆、これぞまさに自爆である。

 サングラス効果のある仮面メガネをずらしていた事が仇となった。

 視界は完全なるホワイトアウトに焼きつき。

 ローズちゃんは絵に描いたような、目をバッテンにして大きくのけ反ると、今の率直な気持ちを大きな声で叫んだ。


「眩しーーーーーーーーいっ!」


 淑女らしからぬ大声を出してしまうほどの衝撃を受けたが、まぁ、眩しいだけだ。ダメージはない。


「まったく、もう」


 頭を振って立て直した後、焼きついた目をゴシゴシと擦りながら唇を尖らせる。


「こんなに眩しいのなら教えて下さいませ」


 その一連を見て。


「な、なんだと…………。」


 唖然と固まっているのは、四大精霊を盾としているアザゼルだ。


 自分の召喚術を見たコイツは、どう考えても初見の反応だった。

 アレが演技とは思えない。

 それを意図も簡単にパクられてしまった。

 精霊召喚は十二天使の中でも自分にしか出来ない。

 それをだ。

 目の前で、見様見真似で、「えーと」なんて間抜けな言葉を紡ぎながら、いともあっさりと成功してみせたのだ。


「は?」


 それは、召喚されてきたモノを目にすると、困惑は極みに達する。

 直ぐには理解が出来ない。


「何だ、アレは」


 精霊ではない、何かだ。

 魔法陣から溢れる光は属性を意味する。

 例えば火なら燃えるような赤に、水なら青だ。金なら聖だし黒なら闇というように。

 しかし先程の閃耀は銀の光だった。

 どの属性にも当てはまらない。

 しかも目が潰れるほどに眩しいという異常なる光量。

 六属性ではない異常なる魔力が呼び出した精霊ではない何か。


「ピ?」


 それはまるで、小鳥のように、可愛らしく鳴いてみせた。


「ピッピ〜」


 何とビックリ、それはスライムだった。

 まん丸お目目で口を半開きにした、なんとも愛らしい容貌。

 ローズの頭部くらいの大きさで、ローズの髪色と同じ、月が煌めくようなプラチナだ。


「ピッピ〜」


 そのスライムは一通りポヨポヨと揺れると、ローズに向かってぴょーんと、飛び込んで来た。


「おっと」


 それを頭の上でキャッチする。

 あらビックリ、ピッタリとハマってしまう。


「む」


 この時、ローズの胸の中で、このスライムとの繋がりを感じた。


「ピッピッピ〜、ピッピ〜、ピッピ〜ピッピ〜」


 スライムはフルフルと揺れながら楽しそうに歌い始めた。

 とっても楽しいという気持ちがローズちゃんに流れて来た。

 召喚獣は術師が気に食わなければ消えていなくなる。

 元に居た世界へと帰ってしまうのだ。

 消えないという事は召喚に応じた事を意味する。

 ローズを主人だと認めたのだ。


 ローズちゃんは腕を組み、うんうんと満足そうに頷く。


「とっても愛らしく、とびきり可愛らしい、文句なしの合格ですわ」


 そう、合格である。

 なんとも可愛らしいではないか。

 ならば満足である。

 別に弱くても良いのだ。

 強さなど求めていないのだから。

 逆に弱ければ良いハンデになりそうだと思っている。

 コイツら余りにも弱すぎるからな。

 守りながら闘う、それも一興である。

 それに正義の味方とは弱い者を守る時、勇気は百倍になり、力が満ち溢れてくるのだから。


「なんだあのスライムは?!一体なんなんだ!」


 わあわあ騒ぎ立てるアザゼルを尻目に、一人と一匹は会話を試みる事にした。


「ピッピッピ〜」


「さて、貴方は一体、何が出来るのかしら?」


「ピッピッピッピッピッピ〜」


「ふむふむ」


「ピッピ、ピッピ〜、ピッピピッピピッピー」


「なるほど、なるほど、なるほど」


 揺れながら小鳥のように鳴くスライムに、上目遣いで何度も相槌を繰り返すローズちゃん。

 このスライムはローズの魔力で肉体を構築している。

 広い意味では一心同体と言える、はずだ。

 よって、言葉を喋らなくとも、何となく言いたい事は理解出来るのだ。

 主人とは、下僕の事をきちんと理解出来なければ務まらない。意思の疎通が出来なければ、召喚獣は帰ってしまう。


「なるほど、ね」


 えーと、まぁ、色々と言っていたが、要約するとだな。


「逃げ足なら誰にも負けない、と」


「ピッピッピ〜」


 その通りだ、と、なるほど。


「わかりましたわ」


 つまり、今、逃げるつもりのないこの場では、出来る事はない、そういうことか。

 なるほどね。


「ピッピ〜」


「ん?」


 おっと、なんだか悲しいという気持ちが流れてきた。

 役立たずだとでも思わせてしまったのか。

 そんなことはない、断じてないぞ。

 早速癒されたし、眠気が吹き飛んだのが何よりの成果だ。

 どれ、ここは一つ、安心させてやるとしよう。


「うふふ」


 ローズちゃんはニッコリと微笑み、そして戯けるように肩を竦めて。


「全然問題ありませんのよ」


「ピッピ?」


 本当に問題無しである。

 初めから戦力など必要としていないのだから。

 こんな堕天使と大精霊など、ノミがいくら群れたところで相手にならない、そういう認識である。


「スライムさん」


 心配したのは別のことだ。


「其処から落ちないように、お気をつけくださいまし」


「ピッピッ〜」


 そう、これは帽子だ。

 飾りみたいなものである。

 オシャレの一環、チャームポイントで良い。


 頭上にスライムを装備したローズちゃんはシュールな感じになった。


「ふむ」


 しかしとローズちゃんは考える。


 恐らくこのまま戦ったとしても、神の手で薙ぎ払って終わりである。

 ここまでやって、それは興が削がれるな。

 ならば。


「どれ」


 もう一杯と、召喚獣をおかわりしようとしたところ。


「させるか!」


「む」


 アザゼルが仕掛けて来そうになったので、その前に雷の檻で囲ってやる。

 此処は私の結界の中だ。自由自在である。

 簡単なリフォームなど念じた次の瞬間には終える。


 一瞬で網目状の雷の監獄に囚われてしまうアザゼル御一行。


「なっ!?」


「遅いですわよ」


 一つ、忠告しておいてやるか。自滅してしまいそうだしな。


「その雷に触れたら消滅してしまいますわよ。

 雷神トール同様の神なる雷ですので。

 もう少しだけ大人しくしていて下さいませ。

 そちらは四体も出したのですから、こちらも、もう一体くらいは構わないでしょう?」


「グッ」


 アザゼルは悔しげに唇を噛み、後退りで檻から離れた。


「よろしい、そのまま静かにしていてくださいませ」


 無事に脅迫にも近いお願いで黙らせたところで。


「では」


 改めて、両手を大きく広げて勇ましく叫んだ。


「さぁ、出ませい!わたくしの召喚獣よ!」


 再び顕現する魔法陣、そこから黒い魔力がパアアと立ち上り、そして姿を現したモノ。


 それは。


「ウッキッキー」


 日光にいるような普通のお猿さんだった。

 ローズちゃんと同じくらいのスケールで、手をパシパシと叩きながら歯を剥いて楽しそうに笑ってらっしゃる。


 それをジッと見つめるローズちゃん。真顔だ。


「………。」


 えーーー。マジでーーー。


 コイツも戦力にはならなそうだな、と、ローズちゃんは思わず目を伏せた。


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