ローズちゃん0歳。起きて、身嗜みを整えた。

 時は巻き戻る。


 寝落ちをしてスヤスヤと眠り姫と化していた、玉のように可愛いローズちゃん。


「んん…。」


 ベビーベッドの上で目が覚める。

 真っ暗闇の中。

 スウスウとした寝息が耳に届く。


 ふむ。夜か。

 どうやら母上様は寝ているようだ。

 熟睡だな。

 パパはいない、お気に入りのお髭の気配を感じないのが何よりの証拠である。

 まぁ、母上様の代わりに政務を取り仕切っているみたいだから忙しいのだろう。

 明日の出陣の準備とか諸々の手続きに奔走していると予想する。

 寝起きからのお髭はお預けか。残念。

 ともあれ、どれくらいの時間が経っているのだろうか。

 とりあえず、神眼を発動して、視界を戦場に切り替えてみる。

 座標は把握してあるから直ぐだ。


 おお。驚いた。


 戦線は人族優勢のようだ。

 大将軍を先頭に、全軍で大攻勢をしかけている。

 アンデッドの大群を苦もなく駆逐しているようなので安心する。

 数が多いから時間はかかりそうだが問題ないだろう。

 頑張った甲斐があったよ。


 次だ。


 視線をずらして、敵陣のど真ん中を確認する。

 そこで、異様に強い一団を発見した。

 聖騎士団の精鋭部隊だ。

 不死の魔王を取り囲んでいる、完全包囲だ。

 大聖女と四人の聖女という豪華メンバーを主攻に、防御に秀でた聖騎士たちを壁にすれば、特に被害を受けずに討伐するだろうよ。

 不死の魔王もやる気はなさそうだし、ここは大丈夫だ。


 どれ、問題の勇者たちは、と。

 後方に目を向けてズームアップする。


 むむむ!これは、やばーい!


 コリンナピーンチ!


 千の猫共に殺到されているではないか。

 倒した分だけの新しい猫が生まれている。

 千という数は保たれたまま、減る様子は皆無だ。

 ならば援軍に期待したいところだが、無理だ。

 その筆頭である大聖女たちは不死の魔王と戦っている最中だ。

 不死の魔王は大した事はないようだが、曲がりなりにも魔王、時間はかかってしまうだろう。

 それまでは、とても持ち堪えることなど出来はしない。

 あの娘は百年に一人の逸材である。

 此処で失うのは余りにも惜しい。

 可愛いしな。

 近い将来、引き抜いて仲間にしようと思っているし。

 何なら初彼女にしたいくらいだ。

 どうする?

 神の雷を落とすか?

 ………

 いや、ダメだ。

 遠隔では大雑把にしかコントロール出来ない。

 神の雷、アレはとんでもない威力だ。巻き込んでしまうだろう。

 味方殺しの十字架など、背負いたくはない。

 何より、あの大魔法は今日中には放てない。

 思っても、魔法陣が顕現しない。気配すら感じない。

 一日に一発なのか、はたまた月一なのかは今は分からないが、制限がかかっているようだ。

 神が扱う極致大魔法とはそういうものよ。


 む、む、む、む、


 ローズは思考の海に沈み込む。

 記憶に埋もれている使えそうな術を手当たり次第に漁りまくる。

 思考を超加速しているので、それは一瞬で終わる。


 お、あった。コレならば。


 膨大な記憶の奥底から手繰り寄せたもの。

 それは神の御業だった。


 まずはエネルギーを補給しなければ。

 この術には莫大な生命エネルギーが必要である。

 幸いな事に、此処にはその生気が有り余っているお方がいらっしゃる。

 コレもゼウスの魔法、【神の奇跡】による恩恵だろう。

 全知全能の御業は、あらゆる運命が繋がり、そして導かれるものなのだから。


「うーん、むにゃむにゃ。

 ダメよ、ラルフ。

 ボインの続きは帰ってからにして、むにゃむにゃ」


 そう。今ピンクな寝言を発言した母上様だ。

 かの御方の生気は凄まじい。

 絶倫である。

 私の成長がびっくりするくらいに促進されるほどに。

 持ってて良かった超人なる母上様だな。


 とりあえずは魔力を纏って宙に浮き上がる。

 そのままフワフワと、母上様目指して飛んでいき。

 おお!眼福だ。

 目の前まで近づくと、胸元からボインが飛び出していた。

 ででーんと、凄い迫力である。

 丁度良いと、ダイブして貪りつく。

 両手でにぎにぎするのも忘れない。

 腹も空いた事だし一石二鳥である。


「はむはむ」


 デカメロンをニギニギと堪能し、コクコクと喉を鳴らしながら大魔法を発動する。


『【擬似成長】』


 テカテカと、私の全身が金色に発光し始めた。

 一時的に肉体を成長させる魔法だ。

 二十四時間後には元に戻る。

 もう少しだけ赤ん坊生活を堪能したい私には、何とも都合の良い魔法だ。

 ヒゲとボインを無邪気に楽しみたいからな。


「んまんま」


 母乳と共に生気を吸収していく。

 まるで燃え滾るマグマのような、そんな生命力を感じ取る。

 五体が見る間に成長していく。

 ムクムク、ムクムクと。

 身長が八十センチを越えた辺り、大体三歳児くらいか。

 順調かと思いきや。

 此処で、突然のアクシデントが発生する。


「うぅ…うぅ…」


 やばーい!


 母上様が苦しそうに呻き出した。

 生命力が弱まってきたのだ。

 マグマだったものが常温の水のようになってしまった。

 死、死んでしまうと、生まれて初めて焦ってしまう。

 此処が限界だ。

 急ぎキュポンと口を離して息を吐く。

 ふー、やれやれだ。

 流石は神の御業よ。

 凄いエネルギーを消費した。

 あのギンギンに漲っていた母上様が死にかけたのだよ。

 いや、それとも神の御業を成せる母上様の生気が恐るべしなのか。

 ともかく、危なかった。


「あ、へ、へ、へ……へへ」


 これは、凄いな。

 あの美貌の母上様が、ここまで乱れてしまうとは。

 アレな顔で、泡を吹いて痙攣しているし。

 これではまるで、事後のようだ。

 ご馳走様だよ。

 一応、回復魔法をかけておくとしよう。

 生気に効くのかどうかは甚だ疑問だが、やらないよりはマシだろう。


回復魔法ヒール


 む、良かった。

 一瞬で落ちついたようだ。

 スヤスヤと寝息をたて始めた。

 これで良し、と。

 母殺しの十字架なんて真っ平ごめんである。

 まぁ私が戦場に赴くのだ。

 明日は母上様の出番はないのだから、このまま寝ていてもらうとしよう。

 死にかけたのだ。とても起き上がる事は出来ないだろうけど。

 産後だし、特に怪しまれないだろう。

 それに、この世界の主役の一人たる母上様がこんな簡単に死ぬ訳がない。

 ならば良し。

 心配するのは絶賛死にかけているコリンナだ。

 気持ちを切り替えて、確認することを優先する。


「ん、んん、んんん」


 喉の調子を確かめた後、小声で、滑舌に気をつけて。


「わたくしの名前はローズ。薔薇の騎士ですわ」


 良し、ちゃんと喋れるぞ。

 あ〜とか、う〜では格好がつかないからな。

 さてさて、張り切って行くとするか!

 ん?

 って真っ裸ではないか。

 これでは格好がつかないだろう。

 えーと、とりあえずはシーツでも巻きつけようかと思ったが、戦闘でチリとなってしまうに違いない。


「ふむ」


 ならば作るか。

 錬金術だ。

 私の叡智の中には勿論錬金術師も含まれているのだ。

 魔力は有り余っているから作り放題である。

 素材は柔軟性があり、防御力に優れたアレだ。


「【錬金生成】ミスリル」


 目の前、ポワンと球体状に浮かび上がったのが私の魔力で作ったミスリルだ。

 金色の物体がゆるゆると波を打っている。

 人族が作れる最高峰のモノである。

 これ以上はドワーフ族の専売特許となる。

 アダマンタイトとかヒイロカネとか。

 その内にでも、その技術を盗み出す所存である。

 神の魔力ならば模倣出来るはずだ。


 とりあえずはこれを、騎士の鎧に成形する。

 色は銀。騎士と言えばシルバーメイルだろう。

 色付けなど、錬金魔法でちょちょいのちょいである。

 身バレをしないように仮面も作る。

 怪盗みたいな感じの目を隠したメガネタイプのものだ。

 鎧の真ん中にはデカデカと、一輪の薔薇を刻んだ。

 見事に咲き誇る金色の薔薇だ。

 我が家の家紋である。

 まぁ私の名前でもあるし、コレが私のトレードマークだ。

 淑女感を演出してヒラヒラのスカートも履くとしよう。

 ミステリアスな姫騎士様の誕生だ。


「良し」


 全てを装着して、部屋の隅にある姿見の鏡で確認する。


「ふむ、ポーズを決めてみるか」


 クルリくるりと踊るように回って、スカートをちょこんとしたカーテシーを決める。


「おお、素晴らしい」


 自画自賛となるほどの完璧だった。

 とても強そうには見えないが、なんとも可愛らしいではないか。

 まるで、お遊戯会の主役みたいだ。

 本当はカッコいいに突き抜けたいところなのだが。

 まだまだ幼児だから、こればかりはしょうがない。

 今は可愛らしさに重点を置くとしよう。

 ならば良し。

 準備は完了である。


「フッフッフ」


 さて、聖女コリンナよ、貴女のスーパーヒーローが今すぐ参りますよ。


「【転移】」


 シューンと、転移魔法でローズは姿を消した。

 部屋には意識不明のアヘ顔の母上様だけが残された。



「あれ?ローズちゃん?パパが帰って来ましたよ、何処ですか?」


 その後、突然の失踪騒ぎとなるのだが、それはまた、別のお話しである。





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