激突!勇者対海の悪魔!
勇者が誕生してから五百年余りが経過した。
その間、都合三十度。勇者と魔王は激突した。
三十戦無敗。勇者は一度足りとも敗北しなかった。
中には相討ちもあったが、全ての戦いで魔王を打倒してみせた。
ジークハルトは歴代最強と言われる勇者だ。
三年前の不死の魔王も、単独での撃破も可能なほどの実力者である。
しかし、大悪魔レヴィアタンは、過去のどの魔王よりも強かった。
「おおおおおおおおお!!!」
「ガアアアアアアアア!!!」
勇者と大悪魔が吠え猛りながら激突する。
清々しいまでの真っ向勝負。
両雄、大きく弾かれて刹那の一瞬だけ離れるが、しかし直ぐに距離を詰めての超至近距離からの乱打戦となる。
「うおおおおおっ!」
唐竹から始まり、袈裟、逆袈裟、右薙、左薙、右切上、左切上、逆風、刺突と、ジークは狂ったように双剣を乱舞する。
「ガアアアアア!」
対するレヴィアタンは牙を剥き、しならせた尻尾を薙ぎ払い、顎門から魔力弾を大乱射してと応戦する。
互いに防御を無視した命の削り合いとなる。
手数は圧倒的にジークだった。
左右の聖剣でめった斬りとするが、しかし。
レヴィアタンの驚異的な再生能力がそれを上回る。
削がれた肉は直ぐに再生し、首を落としても次の瞬間には、顎門を開いたままに復元して、そのまま喰らいつき、或いは魔力弾を吐き出してと、ジークの攻撃をもろともしない。
二倍となった女神パワーで圧倒出来る、はずだった。
今のフィールドが悪魔の結界の中でなければ、それも叶ったかもしれない。
しかし現実では、五倍にまで膨れ上がったレヴィアタンの魔力が、想定の何倍もの強さを発揮している。
結界がなくとも、魔王クラスの強さを誇る大悪魔だ。
それが五倍である。
勇者本域の力を持ってしても、遠く及んでいないのが現状であり、実に絶望的なまでの実力差が生じている。
一時間が経過する。
「ククク、どうした勇者よ。これまでか?」
傷を癒して直ぐに綺麗な姿に戻るレヴィアタンに対して、鎧を破損し、上半身裸の血塗れで肩で息をする勇者ジークハルト。
どちらが優勢なのかは一目瞭然である。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
――このままでは、負ける。
肉体を守る防御障壁も破られる寸前である。
次に喰いつかれたら骨ごと持っていかれてしまうだろう。
人族は脆弱だ。それは勇者であっても例外ではない。
スタミナもあるし、肉体を破損すれば聖女クラスの回復魔法でなければ元には戻らない。
急所に喰らえば死に直結しかねない。
対する悪魔は魔力さえ残っていればスタミナなどないし、肉体もたちまちに復元してしまう。
コレが種族の差。絶望的なまでの違い。
――しょうがない、覚悟を決めよう。
敗色は濃厚だがしかし、勇者に諦めるという選択肢などは無い。
歴史上、勇者は一度足りとも敗北した事がないのだ。
その理由は、もう一段階のパワーアップにある。
条件は人というタガを外すこと。
人を辞めなければならない。
それは、生ある未来を捨てることを意味する。
つまりそれは時限爆弾付きの種族を超越するパワーアップだ。
――すまないアニエス。約束は守れない、さよならだ。道は必ず切り開く。だから、どうか幸せになってくれ。
思い浮かべたのは、愛する婚約者である金髪の聖女。
勇者に次ぐ実力者であり。
彼女の回復魔法は凄まじく、その御業は種族の限界を突破するほどである。
もし、仮に、この場に居てくれたならば、十分に勝ち目があったが、それを言っても詮無きこと。
故に謝罪と別れをもって、人を辞する覚悟を完了とする。
「双子の女神様。
リミッターの解除を申請します」
ジークの頭の中。
『勇者ジークハルトよ』
女神アクアより神託が届けられる。
『良いのですか?
後戻りは出来ませんよ』
別れは済ませた。
自分は勇者だ。
人族の未来を守る為、この命など惜しくはない。
「構いません。勇者としての使命を全うします」
『分かりました。それでは剣を揃えて掲げなさい』
「はい」
言われた通りに左右の剣を揃えて天へと突き出す。
右手の聖剣アクアが青い魔力に包まれ、左手の聖剣アークが黒い魔力を纏い、二つは共鳴するようにして明滅を繰り返す。
『『我ら双子は今、一つにならん』』
双子の声を合わせての宣誓を合図に。
生命の根源たる澄んだ水、全てを飲み込む漆黒の闇、二つの異なる魔力がぐるぐると渦を巻き、そのまま混ざり合ってやがては一つとなり、青と黒の明滅を交互に繰り返した。
そして、二本の剣も重なるようにして一つと成る。
次の瞬間、カッと、銀光が弾け飛び、世界を白で染めた後。
ジークの手には身の丈を越えるほどに長く、分厚い刀身の叩き潰すような大剣が。
持ち手には六対十二枚の女神の翼が装飾されている。
真なる聖剣、銘はアクアアークという。
その大剣を両の手で高らかに掲げて、ジークは勇者としての最後の願いを口にする。
「双子の女神様、どうか私に最後のご加護をお与えください」
『心得ました。
勇者ジークハルトよ。
我が使徒、天使の力を授けます』
前屈みでフルフルと打ち震えるジークハルト。
女神パワーが一気に膨れ上がる。
「お、お、お、お、お、お、お」
魔力が二倍の二乗の二乗、十六倍の神域にまで到達し、それに伴い、脆弱な人族の肉体が昇華して新たに作り替えられる。
全身で銀光がピカピカと瞬きを繰り返す中。
頭上には光の円環がプカリと浮かび上がり、背には天使の翼がメキメキと生えてきた。
ニ対四枚の白き翼を持つ、光輝なる者へと進化を遂げる。
「フーッ」
気力を完全に取り戻したジークが長々と息を吐いた。
精悍な顔つきに戻り、黒曜に輝く瞳には自信が満ち溢れている。
勇者の最終形態、女神の使徒モードである。
女神に仕える十二天使、超越者の領域となる力を手に入れたのだ。
血に塗れた穢れも綺麗に消え失せ、全身の傷も完全に癒えた。
悪魔と同様、完全無欠の肉体である。
「待たせたな、レヴィアタン」
聖剣を突きつけるジークに対して、レヴィアタンは不敵に笑ってみせる。
「クックックッ」
レヴィアタンはこの一連を特に邪魔することなく、興味深そうに眺めていた。
彼女は悪魔の中では珍しく、闘いというものを純粋に楽しむタイプだった。
例え此処で滅されたとしても、悪魔は完全には滅びない。いつしか復活する種族だ。
大体百年後くらいのものである。
それくらいならばなんてことは無く。
むしろ、勇者が強くなるのは大歓迎で望むところ。
真っ正面から叩き潰してやるという心意気である。
そして、この事がのちに自分を守ることになるとは、知る良しもなかった。
「面白い、天使か。
さぁ力を示せ。勇者ジークハルト」
五分と五分での再度の激突が幕を開ける。
両雄は力の限りをぶつけ合った。
ジークの天使となった肉体は、破損しても直ぐに修復するし、痛みも感じ得ない。
スタミナも関係なく、常に全力を出し続ける状態にある。
それは無敵タイムに近いものだ。
タイムリミットは命尽きるまで。
魂を動力源として動いているのである。
「おおおおおお!」
「ガアアアアア!」
ジークが命を差し出して人としてのタガを外しても、大悪魔レヴィアタンは強かった。
全身を切り刻み、頭を切り飛ばし、バラバラの八つ裂きにしても、激闘は終わらない。
膨大な魔力による再生能力は、大悪魔の真骨頂と言える。
二時間にも及ぶ死闘の末に、なんとか、ギリギリで、ジークに軍配が上がる。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
ジークは肩で息をしていた。
もう生命力が尽きる寸前で、スタミナを回復する余裕などなく。
寿命が尽きるのを待つばかりとなる。
「………。」
目の前には女の姿に戻って横たわるレヴィアタン。
全身傷だらけで、息も絶え絶えに成り果てた。
ジークの魂がレヴィアタンの魔力を僅かに上回った。
「さらばだ。お前は強かった」
ジークがトドメだと剣を振り上げた、その時。
「おいおい」
低く、野太い男の声。
「一体、どうなってやがるんだよ」
突如右側から聞こえてきたそれに、ジークが金縛りとなる。
招かれざる乱入者だ。
急ぎ右を向くと、空中に一本の線が縦に描かれ。
「おーっと、動くなよ、そのままだ。
お前がそれを振り下ろす前に俺の魔弾がお前を撃ち抜くぜ」
そこから時空が開かれ、ズイッと入ってきたのは黒いローブ姿の大男。
額に捻れた悪魔のツノを生やした星を司る悪魔、グリュエルドだ。
「まったく、海の悪魔ともあろうお方がなんて様だよ」
次いで、反対側からも気配を感じる。
「っ!」
左方の時空も開かれドス黒い瘴気が溢れ出し。
「情け無い。まさか人族に負けるとは」
煌めく黒檀の重厚な鎧姿の魔戒騎士が姿を現した。
「なん、だ、と」
そんな、まさか。
愕然と固まってしまうジークハルト。
「あと、二人、だと」
絶望するジーク。二人から放たれる肌を刺す狂気のプレッシャーに、レヴィアタン同様の脅威度を感じ取る。
若干、レヴィアタンの方が上だと感じるが、それも誤差でしかない。
タイムリミットはもう目前、五分もありはしない。
レヴィアタン一人に二時間もかかっているのだ。
それもギリギリでの薄氷の勝利。
此処から二人を倒す事など不可能だ。
自分は勇者。人族の希望だ。
このまま絶望を残して朽ち果てる訳にはいかない。
「くそおおおおおっ!!」
耳をつん裂く魂からの叫び声。
諦める訳にはいかない。
最後の最後まで、足掻き続ける。
――残存する全ての魔力を練り上げる!
「おおおおおおお!!」
全力で、全開で、このターンで終わっても良い。
直ぐに限界を超えた先の臨界点をも突破して、そのまま暴走目指して叫び続ける。
――この身を爆発させてやる。
このまま自爆して巻き込むというファイナルアタックだ。
もう、これしか手立ては無いと、一心不乱に吠え続けた。
「おおおおおお!!」
これでまとめて倒せるとは思っていない。しかしそれでも、少しでも手傷を与える事が出来るのなら。
爆発的に膨れ上がる魔力に比例して体温が急上昇し、全細胞が破壊されていく。
「おおおおおおおお!!!」
頭上の円環にピキピキとヒビが入り、背の翼が萎れるように朽ちていく。
「クックック、最後の悪あがきか」
「フン、我ら大悪魔の防御障壁を舐めてくれるなよ」
大悪魔二匹は無理に動こうとせず、魔力を練り上げ、防御障壁を補強して勇者の自爆に備える。
勇者は満身創痍だ。手傷は負うかもしれないが、滅されてしまうとは露も考えていない。
爆発するまであと数十秒、というところまでなんとか漕ぎ着け。
「ああああああああああああああああああああ!」
その時だ。
「勇者ジークハルト」
突然の背後からの呼びかけ。
「お待ちになりなさい」
この場にそぐわない、可愛らしい幼な子の声がした。
「ああああああああああああああああ!!」
さすがに空耳だとジークはそれを無視するが。
しかし。
「命を捨てるのはまだ、早いですわよ」
再びの、小さくともよく通る幼な子の声の呼びかけに。
「!え?!?!」
空耳ではなかった。
思わず止まってしまう、そんな衝撃を受けた。
殺意だらけのこの中で、殺意のかけらもなく、なんとも心地の良い幼な子の声に、意味が分からず思わず間の抜けた声が漏れてしまう。
「は?」
それは、振り返る間も無く。
「【
首筋にパチンと。
「ガッ」
電気ショックを受けて聖剣を取り落としてしまう。
「な、何、が……」
前のめりに崩れ落ちるジークハルト、視界が徐々に狭まっていく。
「わたくしが来ましたからにはもう安心、必ず生還させて差し上げますわ。後はお任せくださいませ」
その声の主はジークをぴょこんと飛び越えて、大悪魔から守るようにして立ち塞がる。
薄れてゆく意識の中、ジークは確かに見た。
「おーっほっほっほっほ!」
大きくのけ反るようにして高笑いをする小さな銀髪の天使を。
「薔薇の騎士がここに参上しましたわー!」
可愛らしくて、微笑ましく、なんとも誇らしく胸を張るその姿に。
「ふふ、あ、は、は」
どこかで見た喜劇の一節のようだと、僅かに口端を持ち上げたところで、ジークの意識は途切れた。
勇者ジークハルトの闘いは終焉を迎えた。
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