ローズちゃんのゼロから始める最強無双〜薔薇の騎士が紡ぐ、闘う乙女たちの物語〜

真のスーパーヒーローが参りましたわ！

　場面は戦場後方へと戻る。

　苛つく高笑いのBGMが鳴り響く。

「にゃーはっはっはっは！」

　聖女コリンナ率いる一行は、白猫地獄を味わう。

　猫、猫、猫、猫、猫。

　全方位からの殺到に、それは絶える事なく襲いかかってくる。

　倒しても、倒しても、まったく終わらない。

　円陣の中心には指揮官コリンナが。

　全身全霊、一心不乱、粉骨砕身。

　聖女の力を全力疾走で発揮していた。

「【治癒魔法（ヒール）】」

　身の丈を超える聖女の杖を高らかに。

「【治癒魔法（ヒール）】」

　一定の間隔で、繰り返し続ける。

「【治癒魔法（ヒール）】」

　淡々と、真摯に、コリンナを守る仲間たちを癒し続けた。

「【治癒魔法（ヒール）】」

　唱える間隔は徐々に短くなり、魔法もより上位のものへと。

　一人一人の受けるダメージが重くなり。

「【上位治癒魔法（ハイヒール）】」

　間隔は更に短く、最早一人ずつでは間に合わない。

「【上位治癒魔法（ハイヒール）】」

　魔法も更に上位のもの、最上位の、まとめて癒す呪文へと。

「【範囲回復魔法（エリアヒール）】」

　仲間の血飛沫が舞い散る中、聖女の杖を高らかにして、淡々と唱える。

「【範囲回復魔法（エリアヒール）】」

　全方位から白猫の大群が津波の如く押し寄せてくるが、仲間たちが傷だらけになりながらもなんとか食い止め、コリンナはそれをひたすらに癒し続けた。

「【範囲回復魔法（エリアヒール）】」

　――汝、諦めることなかれ。

　聖女の心得。

　薄い胸のその内で、繰り返しながら。

　コリンナは、味方の回復に専念した。

　始めは、なんとか耐えられる地獄だった。

　終わる気配は全く見えないが。

　もう少し耐えれば、お兄様たちが来てくれる。

　あと少し、あと少し、あと少しだ。

　必ず助けに来てくれる。

　そう信じて歯を食いしばった。

　しかし、それは唐突に苦しくなる。

「にゃーはっはっはっはー」

　あの猫の、ムカつく高笑いが合図だった。

　ドゴーン！

　派手に爆発する猫が現れた。

　撃破すると、爆風をモロに浴びてしまうのだ。

　それを防ぐ手立てがなく、倒すしか術はなかった。

　一発で致命傷に至るほどでは無いが、中々の威力だった。

　三発も喰らえば戦闘不能だろう。

　それをコリンナが瞬時に回復させて何とか戦線を維持する。

　しかし。

「にゃーはっはっはっは！」

　次の高笑いを合図に、爆弾猫の割合が増えてしまう。

　十に一だったものが五匹に一匹となり。

　そこへ。

「にゃーはっはっはっは！」

　更なるムカつく高笑いが。

「にゃーはっはっはっは！」

　最終的には全てが猫爆弾となった。

　全方位からの爆撃だ。

　絶える事のない地獄。

　灼熱の爆風が途切れることなく、常にダメージを負い続けるという状況。

「おおおおお！」

　それでも、肌を焼かれながらも健気に武器を振るう十一人の戦士たち。

「【範囲回復魔法（エリアハイヒール）】」

　コリンナが一人、回復魔法で命を繋いで、なんとか戦線を維持する。

　しかしそれも一時間もすれば限界を迎えてしまう。

「す、す、まん」

　仲間の一人。

　何度も死の寸前にまで追い込まれた事で、精神が崩壊した。

　一人が倒れたところで、それは連鎖してしまう。

　バタバタと、雪崩れの如く、仲間たちが倒れていく。

　それでも。

　――汝、諦めることなかれ。

　コリンナは諦めなかった。

　聖女の杖を高らかに。

「【範囲回復魔法（エリアヒール）】」

　爆風に晒されても、息継ぎをするように口ずさむ。

「【範囲回復魔法（エリアヒール）】」

　頭が割れそうに痛くとも、聖女の杖を高らかに。

「【範囲回復魔法（エリアヒール）】」

　目が霞み、涙が溢れてきても、聖女の杖を高らかに。

「【範囲回復魔法（エリアヒール）】」

　胃液が逆流してきても、それを無理矢理飲み込み、叫ぶようにして唱え続けた。

「【範囲回復魔法（エリアヒール）】！」

　足下からは、か細い声が。

「うう……コ、コリン…ナ…」

　虫の息だが、未だ生きているのだ。

　諦めたら、死んでしまうのだから。

　唱えて、唱えて、唱えて、唱えて。

　喉が潰れるまで唱え続けて。

「けほっ、けほっ、けほっ、けほっ」

　魔力が枯渇して、ついに膝をついてしまった。

「かはっ、けほっ」

　それでも杖にしがみつき、なんとか立ち上がろうとして踠き、足掻き続けた。

「うぅぅ…まだ…」

　もう、何も出来やしないのに。

　身体に力が入らずに、杖に縋り付く姿勢のまま、コリンナは頭を下げた。

　それはリーダーとしての使命を果たせなかったという、仲間たちへの謝罪。

　――み、ん、な、ごめん、な、さい。

　魔力は底をついた。

　声も枯れ、涙で何も見えない。

　意識は朦朧としている。

　地面には虫の息の仲間たちが倒れている。

　リリーさんが私を庇って倒れたのが最後の記憶だ。

　あれ？

「……？」

　攻撃が止まっている？

　ふと、不思議に思い、涙に塗れた顔をあげる。

「………。」

　いつの間にか、襲撃が止まっていた。

　猫共はぐるりと取り囲んだままの棒立ちで、ピタリと動きを止めている。

「にゃーはっはっは」

　ムカつくあの高笑いが近づいてくる。

　ああ、そうか。

　嬲って楽しんでいるというのか。

　最後は自分の目の前でトドメを刺すと。

　奴らにとって、これは娯楽なのだ。

　なんとも性格の悪い、コレが悪魔という種族だ。

　絶望感を与えると魂の味が良くなるという。

　それを食すのだ。コイツらは。

　ふざけるなっ！

「……こ、このっ…」

　一矢報いてやろうかと、杖を振り上げようとしたが、到底無理。

　杖に縋り付いているのが精一杯だ。

　振り上げようとした途端に倒れてしまうだろう。

　――ああ、もう、これで終わりか。

　コリンナはとうとう諦めてしまった。

　下を向き、ポロポロと涙が溢れ出し。

　――このまま死ぬのだ。

　遂には死までを受け入れそうになる。

　その時だ。

「チッ」

　直ぐ目の前で、誰かが舌を打ち鳴らし。

「なんとも胸糞悪い奴らだ」

　続け様に悪態を吐いた。

　第三者が現れたのだ。

「これが悪魔か。

　許すまじ所業なり。

　絶対に許さないぞ」　

　それは、なんとも可愛らしい幼な子の声だった。

「ぇ」

「【聖域（ホーリーフィールド）】」

　――ま、魔法？

　フワリと、暖かい風を感じて顔を上げると、目の前には薄っすらとした光の膜が張られていた。

「え、何、こ、れ？」

　――これは、結界？

　自身を含む十二人を守るように、半ドーム状の光の壁が展開されていた。

　――なんだかぬくぬくと暖かい。

　杖を手放して、その壁に力無く寄りかかる。

「ぇ？」

　光の壁越しに、気づく。

　いつの間にか、自分の腰上ほどの小さな人影がコチラを見上げていた。

　涙に塗れてよく見えないが、それは輝くような銀の髪で、非常に愛らしいという事だけは理解する。　

「ぇ？」

　その人影が可愛らしい声で呼びかけてくる。

「もう大丈夫ですわよ」

　なんとも柔らかく優しい声。

　そして、もう大丈夫。

　その言葉には、とても頼もしく感じられた。

「……だ、れ？」

　その人影はコチラに小さな手のひらを掲げると、労いの言葉と魔法を口ずさんだ。

「頑張りましたわね。

　ゆっくりとお眠りなさい、範囲回復魔法（エリアヒール）】」

「ぁ………」

　サアアと、癒しの風が吹き抜け、身体中の傷が見る間に癒えていく。

　――ああ、助かったのだ。

　コリンナは心が軽くなっていくことに、不思議と安心してしまい、緊張の糸が切れて、そのまま崩れ落ちた。

「ぅぅ……」

　薄れていく意識の中、コリンナが最後に目にしたもの。

「おーほっほっほっほ！間に合いましたわー！」

　それは、のけ反るようにして高笑いをする、小さな銀髪の天使だった。

「うふふ、ふふ……」

　本当に頼もしいな、と口端を僅かに上げたところで、コリンナの意識は途切れた。

　◇◇◇◇◇

「ふぅ、やれやれですわ」

　ローズちゃんは頬を伝う冷や汗を拭いながら安堵の息を吐いた。

　あっぶねー。ギリギリだったよ。

　もう少しで美少女を失うところだった。

　まったくもう。

　全世界の損失となるところだったじゃないか。

　悪魔が嬲る性質だったのが逆に命拾いをしたという事か。

　ともあれ助かって良かったよ。

　それにしても、なんて胸糞悪い奴だ。

　クソ雑魚の三下のくせに。

　絶対に泣かしてやるからな。

　ローズちゃんがまん丸ほっぺをぷっくらと膨らませてプンスカしていると、白猫の群れが左右に割れて、カチューシャが姿を現す。

「にゃんだお前は？人族なのか？」

　それは完全勝利を目前にしていた油断か、或いは慢心か。

　カチューシャは無警戒に、ローズちゃんの目の前まで歩み寄ってしまう。

　この時点で詰み。カチューシャに勝ち目は無くなる。

　何故なら、魔力至上主義の悪魔において、ローズちゃんのその魔力は神の域に到達している。

　神の域はそれこそ次元が違うのだ。

　ローズちゃんに比べればカチューシャの魔力などミジンコにも等しいプランクトン程度である。

　それほどまでの開きがあった。

「む？」

　カチューシャの言葉に、ローズちゃんは器用にも片眉を持ち上げて、王者の余裕をみせる。

　これは母親譲りの遺伝である。

　お、名乗りの刻、来たるだ。

　まぁしばし待て、三下よ。

　物事にはプロセスというものがあるのだから。

　おすまし顔で目を伏せて。

「初めまして」

　スカートをちょこんと摘んでカーテシーのポーズを決めて続ける。

「わたくしの名前はローズ。薔薇の騎士ですわ」

　あ、やべ、名前言っちゃったよ。

　まだ内緒にしておくはずだったのに。

　当分は赤ちゃん生活を楽しみたい。

　身バレして、ゼロ歳から働かされるのだけは勘弁だ。

　おっちょこちょいなところも、テレスティア譲りである。

　ま、しかし、だ。

　とりあえずは敵なのだし、ま、いいか。

　綺麗に滅して仕舞えば何の問題も無しよ。

「あーん？にゃに言ってんだお前？」

　カチューシャのイラつかせる怪訝な貌に、ローズちゃんの眉間に皺が寄る。

　直ぐにイラッとするのも遺伝である。

「ぬ」

　なんだこの猫。

　弱い癖にムカつく顔なんか向けてきやがってからに。

　更に気分が害されたわ。

　とっとと終わらせるとするか。

　勇者も気になることだしな。

「えいっ」

　ローズちゃんは両の手を勢いよくバンザイして魔法を口ずさむ。

　それはなんとも可愛らしく、まるでお遊戯をするような仕草だった。

　しかし、発現したモノはとんでもなかった。

「【霧（ミスト）】」

　ブワリと、それは一瞬の出来事だった。

　まるで、分厚い雲の中にでも突入したような景色へと変わる。

　千匹を超える全ての猫をカバーする範囲で、視界不明瞭となる深い深い霧に覆われたのである。

　電撃を通しやすいようにと、ちゃんと水酸化ナトリウムを多分に含んだものとしている。

　記憶の中にある先人の知識だ。

「にゃ、にゃ、にゃにが？」

　困惑に狼狽える目の前の白猫は特別だと、ローズちゃんは小さな手のひらを翳して、もう一発かましてやる。

「【聖なる監獄（ホーリージェイル）】」

「にゃっ！」

　煌々と輝く光の玉の中に封じ込めてやった。

　神域なる魔力が作り出した強固なる玉だ。

　三下の悪魔如きに抜け出せる筈もなし。

　解除してやらなければ、一年はこのままである。

「三下猫はそこで黙って見ていてくださいませ」

　この白猫は結界で守っておく必要がある。

　ミジンコ並の魔力しか無い、圧倒的な弱者だからな。

　後で問いただすことがあるのだ。

　人差し指を一本立てて、一言。

「【電撃（ブリッツ）】」

　神の電撃を一発、解き放った。

　バリバリバリバリバリバリバリバリバリ！

　霧の中の一瞬の出来事。

　蒼い稲妻が縦横無尽に駆け巡り、猫千匹をまとめて一網打尽とする。

　猫爆弾の誘爆などはあり得ない。

　神の雷とは、ただただ消滅させるというものだ。

　三下猫の魔力などゴミに等しく、雷に飲まれて終わりである。

　光の玉の中。

「お、おい！」

　カチューシャは壁をバシバシと叩きながら喚く。

「にゃんだお前は？！にゃんにゃんだ！」

「チッ」

　思わずして、眉間にシワを寄せて舌打ちするローズちゃん。

　癇に障ったのだ。

　赤子なので人間が全然出来ていない。心がとっても狭いのである。

　なんて、なんて三下っぷりが似合う奴なのだ。

　見苦しいにも程があるぞ、このたわけが。

　聞きたいことが無ければ瞬殺しているところだ。

　ローズちゃんはイラつきながらも、繰り返し教えてやる。

「だーかーら、薔薇の騎士。正義の味方ですわよ」　

　何回言わせるんだ、このたわけが。

　不機嫌にそう告げたローズちゃんのその背後に。

　二つの巨大な影がドシドシと大地を踏み締めて近づいてくる。

「「ブモオオオオ！」」

「む」

　クルリと振り返って、それを見上げるローズちゃん。

　少し驚いたように目を見開く。

　お、アレを耐えたのか。

　牛と馬はタフだな。

　白猫だったら耐えられなかっただろうに。

　三下だし。

　ま、一番軽い魔法だし、威力も千分の一にまで分散してしまったからな。

　褒めてやるほどでもないが。

　カチューシャがバシバシと壁を叩きながら叫ぶ。

「牛頭！馬頭！小さいからと侮るにゃ！全力でいくにゃ！」

　三メートルを超える巨大な悪魔、牛頭と馬頭は全身を黒焦げにしながらも、なんとか耐えていた。

　魔法は使えないが、代わりに体力だけは大悪魔並のタフネスであった。

　直接の戦闘が得意ではない白猫を守るのに適した悪魔である。

　だとしても、それは風前の灯ではあるが。

「「ブモオオオオ！」」

　二頭は全身を煙で燻らせながら、まるで計ったかのようなアクションを起こす。

　大きく振りかぶった大斧を、同時に振り下ろした。

「はあ？」――え、マジか？こんなものなのか？

　迫り来る凶刃を前に、ぼーっとそれを見上げるローズちゃん。

　常時思考加速をしているローズちゃんには一連がコマ送りに見えている。

　お、遅すぎるだろ、コイツら。待つのが苦だぞ。

　ともあれ、考える時間は十全にある。

　さあ、この攻撃をどう捌くか。

　こんなただの物理攻撃で私の防御障壁が破られることはあり得ないが。

　されど体重が軽いからな。

　吹き飛ばされるのは不本意だし、それに不快である。

　こんな雑魚にやられたように見えてしまうのだから。

　三下猫が不愉快な高笑いをしそうだし。

　ならば。

　ここは一つ、西の大陸の武術で剛力を受け流すという技を披露するとしよう。

　目の前の寸前に迫ったニ本の斧を、左右の手のひらで優しく撫でるようにいなして軌道を逸らしてやる。

　力は使わない、軽くベクトルを操作するだけだ。

「よっと」

　大斧はローズちゃんをすり抜けて大地を直撃する。

　ドゴーーーン！

　タイミングを狂わされて大きくバランスを崩した二頭が前のめりとなった。

　都合良く落ちてきた二頭の顔を目の前に。

「さて、我が神なる雷が――」

　ニヤニヤしながら言ってやる。

「――直撃しても耐えられるのかしら？」

　二頭は共に目を見開き、そのびっくり顔となった額に、左右の人差し指をトンと優しく突きつけて告げる。

「【電撃（ブリッツ）】」

　ピカッと、神の雷、再び。

　蒼い閃光が一瞬の明滅を繰り返すと。

　シーーン、と。

　もう何も、綺麗さっぱりと、二頭は見る影も無くなっていた。

　二頭はもう、この世に存在していなかった。

　断末魔の叫びすらも無く、チリ一つ残す事なく消滅となる。

「フッフッフ、デカいだけでしたわね。

　超絶に弱すぎますわ」

「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃ」

　目を白黒としているカチューシャをジロリと見やり、結界を解いてやる。

「！？」

　大きく後ろに飛び退くカチューシャ。

「おのれっ！」

　眷属の群れを召喚しようと指を鳴らそうとしたので。

「遅いですわよ」

　人差し指を突きつけて、その指先に狙いをつける。

「【電撃（ブリッツ）】」

　光線のような細い電撃を放ち、指だけを消滅させた。

「なっ！？」

「次は、丸ごと滅しますわよ」

「な、指が再生しないにゃ！」

「チッ」

　イラっと舌打ちする心の狭い幼女。

「なんでにゃ！何で再生しないのにゃ！」

「うるさい、動くな、まったくもって、見苦しい」

「再生しないなんて初めてのことにゃ！」

「黙れ。いい加減に滅するぞ、この三下風情が」

「にゃ？！」

　不機嫌にそう言うと、ヒィと悲鳴をあげるカチューシャの目の前までスタスタと歩み寄り、ゆっくりと、のけ反るようにして見上げる。

　カチューシャ二メートル、ローズちゃん八十センチである。

「そのまま、黙って聞きなさい」

　人差し指を可愛らしく突きつけて、努めてクールに、首を傾げ気味に迫力を込めて、そして、目を合わせながら丁寧に説明してやる。

「わたくしの電撃は雷神トールゆかりのものですわ。

　この神なる電撃を前にして、小悪魔如きが抗えるはずもないというのが道理ですわよ」

　のけ反って怯えるカチューシャが震えながら言う。

「な、な、一体何の、つもり、だにゃ」

「はあ？」

　器用に片眉を上げるローズちゃん。

　コイツの言っている意味がわからない。

　何のつもりって何だ？

　ここまでやられて味方の訳がなく、どう見ても敵だろうが。

　どこまで三下っぷりの似合う奴なのだ。

　もう面倒だな。

　可愛いコリンナを痛めつけた奴だ。

　このまま滅してしまいたいところだが、ここは一つ、服従させることにしよう。

　奴隷決定だ。

　そう結論付けると、右の小さな手のひらを上に向けて闇の魔力を練り上げる。

「【薔薇の呪い】」

　黒い魔力がぎゅるると渦を巻く。

　それはそのまま収束していき、なんとも禍々しい黒玉が出来上がった。

「動くと滅しますわよ」

　脅すようにそう言うと、それをカチューシャの腹に押し当てた。黒玉はそのままスゥッと中へと入り込む。

「何だにゃ、これは？！」

　カチューシャの胸一面に、一輪の黒い薔薇の紋様が浮かび上がる。

　見事に咲き誇る、なんとも毒々しい黒薔薇だ。

「うふふ」と、淑女の微笑みを向けて、アホな考えを起こさないように、わかりやすく説明してやる。

「呪いですわ」

「の、呪い？」

「不肖の姉である闇の女神アークが得意な闇魔法です。それをわたくしなりにアレンジを加えた【薔薇の呪い】ですわ。

　人族に害をなそうとすると、先程の電撃が十倍の強さで発現しますわよ」

「え」

「貴女みたいな三下など、あっという間に消滅してしまいますわ」

「え」

「呪いとは、魔力量に依存するもの。

　解呪するには、わたくしの魔力を越えるエネルギーが必要ですわよ。

　こう見えて、わたくし、神レベルの魔力量を保持しておりますの」

「え」

「貴女をざっと見たところ」

　ローズちゃんは目を細めて神眼でカチューシャを解析する。

「ふむ、わたくしの魔力は貴女の一億倍といったところかしら」

「は？」

「因みにわたくし、先程産まれたばかりですのよ」

「へ？」

「これからどんどん成長していきますわ。

　ピーク時には魔力も百倍になると思いますのよ」

「え？」

「つまりは、貴女がコレを解呪する事は不可能ということ」

「え？」

「さて。

　とりあえずこれで、もう悪さは出来ませんわね」

　ニッコリと微笑んでやる。

「え」

「さあ、わたくしを勇者のところに誘いなさい」

「え」

「早くなさい」

「え」

　困惑に何度も「え？」と繰り返すカチューシャに、痺れを切らしたローズちゃんは人差し指を突きつけて、そこで電撃をバチバチとスパークして凄んでやる。

「は、や、く、滅しますわよ」

「え？」

「三秒以内に」

　バチ！

「え？」

　バチバチ！！

「いーち、にーい、さ」

　バチバチバチバチバチ！！！

「ヒッヒィ！は、は、は、はい。

　ただいまにゃ、【悪魔の世界】」

「初めから素直にそうしろよ、三下愚図が」

　そうして、ドロンと発生した紫煙に巻かれて、ローズちゃんは悪魔の世界へと送られたのだった。

「フッフッフ」

　さあさあ、勇者ジークハルトよ。

　真のスーパースターが今、参りますよー！

　ワクワクと、血湧き肉踊るローズちゃんだった。

　人族の逆襲という名の蹂躙劇が幕を開けた。