第2話
夏目漱石の「草枕」に、こんな一節があった。「文明はあらゆる手段の限りをつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によってこの個性を踏みつけようとする」これを初めて見たとき、衝撃が走った。この文を書いたとき、夏目漱石は何を思っていたんだろう。未来の文明が更に発展した日本を想って書いたのだろうか、それとも明治の日本を想って居たんだろうか。もし後者なら、結局100年ちょっと経っても何も変わらないらしい。人間はどれだけ技術が発達して、できることが多くなっても、根幹の部分ではずっと一緒で、堂々巡りをしているだけなのかもしれない。そんなことを思いながら目を覚ました。
「昨日は何をしてたんだっけ」
ああ、そうだ。振られて泣いたんだ。いい歳してあれだけ大泣きしたのは少し恥ずかしいけど、おかげで大分スッキリした。それでも、この世に俺一人しか居なくて、一人ぼっちになってしまった感覚が残っている。
今まで以上に働いた。特に趣味なんて無かったが、お金を貯めてから考えればいいと思ったし、一応やりたいことはあった。でも上手くいかなかった。ただ身体を壊すだけで、結局お金はそこまで貯まらなかった。
退院してから貯めたお金で北海道に行った。そこまで痛い出費では無かったので、また来るのも良いかもしれない。
寝る時間になって明日以降のことを考えた。
「明日は旭川か。何があるのか分からないけど、楽しみだな。やっぱりラーメンも食べたいし動物園にも行きたい」
そんな他愛のないことを思っていたとき、ふと旅行が終わって家に帰ったときのことを考えた。
「家に帰ったらまた一人だな」
突然、俺の全身を孤独感が襲った。大学に友人は居るが、いわゆるよっ友で深い仲なわけではない。彼女もいなければ家族もいなく、ただ一人でいるだけだ。自傷癖があるわけではないが不意に自分自身を殴りたくなった。こんな状況に置かれても何も出来ない、何もしようとしない自分が不甲斐なくて、情けなくて、自分の頭を開いて脳みそをスプーンで掬って捨てたくなった。何も考えずに生きていることが幸せになる一歩目で、考えることを放棄したら不幸に感じることも無いんだろう。やはり死んでしまった方が、こんなことにいちいち悩まないで楽になれるんじゃないかと強く思い、俺はホテルを抜け出した。
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