第3話:二人の出会い
『もう付き合っちゃえば? あんたさー、本当は男なんて好きじゃないでしょ』
友人に言われた言葉がずっと頭から離れない。私はレズビアンではない。と、思う。だけど、あの子のことはもしかしたら好きなのかも知れない。恋愛的な意味で。
三田雛。雛と書いてすうと読む、変わった名前の女の子だ。第一印象は、正直良いイメージはなかった。話しかけるなオーラ全開の暗い子だった。だけどあたしはどうしても彼女に声をかけたかった。彼女がつけていたストラップが、あたしの好きなキャラだったから。『クズな君を愛してあげる』という、クズ男達と一人の女の子の交流を描くアニメのヒロイン、
アリス様は金髪ロングに青い瞳で、お人形のような可愛らしい見た目をしている。のだが、見た目とは裏腹に中身は強気で、女王様という感じの人だ。原作は女性向けの恋愛ゲームで、四人の男とアリス様の恋愛を楽しめる……のだが、全員クズ男なので正直キュンとするよりイラッとすることの方が多い。浮気症、ギャンブル依存症、結婚詐欺師、マザコンニート——とまぁ、まともな男が一人もいない。マザコンニートが一番やばそうに見えるが、一番人気がある。この男に至っては、彼よりも母親のヤバさが際立っているからだろう。いわゆる毒親というやつで、彼は完全に母親に支配されている。このルートはアリス様のイケメンっぷりが特に際立っていて、かっこいいアリス様を見るためだけに何周も周回した。
そんな四人を差し置いてぶっちぎりの人気一位が、あたしの推しでありヒロインのアリス様。女性向けの恋愛というと、ヒロインがイケメン達になんやかんやで惚れられ愛されるという、ヒロインが受け身のものが多いと思う。ゲームはクズ君くらいしかやったことないから分からないが、少女漫画や恋愛ドラマは大体そうだ。クズ君は違う。タイトルの通り、アリス様がどうしようもないクズ男達を愛してあげる物語なのだ。クズ男と恋愛するというよりは、クズ男達を更生させるゲームといった方が正しいかも知れない。
そんな女王様キャラのアリス様だが、動物に対しては優しい顔をする。ゲームではお金を貯めると犬、猫、鳥、蛇の四種類のペットのなかから一匹飼えるのだが、攻略対象の苦手な動物を飼うと、苦手な動物と恐る恐る接する攻略対象とそれを楽しそうに見るアリス様という、特別なシュチュエーションのイラストを見ることが出来る。この時のアリス様が本当に良い顔をしているのだ。
と、まぁ、語り出したら止まらないほどに、あたしはクズ君——もとい、アリス様にどハマりしていた。話しかけんなオーラを発するあの子に声をかけずにはいられないほどに。クズ君はアニメ化されているとはいえマイナーな作品で、語れる同士はSNS上にしかいなかった。その同士達もだんだんと別のジャンルに移っていき、あたしは仲間に飢えていたのだ。
「あ、あのさ、そのストラップさ……アリス様だよね。クズ君の」
声をかけると彼女は驚いた顔をして、静かに頷いた。好きなのかと問うと「まぁ、それなりに」と素っ気ない返事をする。気まずい空気が流れると、彼女は呟くように言った。「私、人と話すの苦手で」と。言われなくても分かる。話しかけてから一度も目が合わなかったから。それでも彼女は、辿々しい口調で会話を続けてくれた。一度も目は合わせてくれなかったけど。
「あたし、
「……三田雛」
「すう? 変わった名前。どういう字書くの?」
「えっと……雛って、わかる?」
「ひな……鳥の赤ちゃんのこと?」
「そう。あれで、すうって読むの」
変な名前だよねと彼女は自嘲するように笑ったが、あたしはそうは思わなかった。
「えっ! どこが!? めっちゃ可愛いじゃん!」
あたしがそう言うと、彼女は驚いたように私を見た。その時初めて目が合った。一瞬だけだったが。すぐに逸らしてしまった。
「すうちゃんって呼んで良い?」
「……えっ、べ、別に……好きに呼べば……」
「あたしのことは聖って呼んで良いよ」
「え……やだ……」
「やだ!? やだって言った!? なんで!?」
「いや……だって……黒須さんのことよく知らないし……」
「よく知らないと名前呼べないの?」
「う……ごめん……その……私……」
彼女は何かに怯えているように見えた。それが何かは分からないが、とりあえず、困らせてしまっていることは分かった。
「……ごめん。そうだよね。人と関わるの苦手って、言ってたもんね。ちょっとぐいぐい行きすぎた。でも……あたし、すうちゃんと仲良くなりたい。初めてなの。リアルでアリス様の話出来る人。だから……友達に、なってくれる?」
すると彼女は躊躇いつつも、黙ってスマホを差し出した。そこにはQRコードが表示されていた。そのQRコードを読み込むと、通信アプリの友達追加画面が開く。アカウント名は三田雛。フルネームだと堅いなと思い『すうちゃん』に変えて、名前の最後にひよこの絵文字をつける。うん。可愛い。
「すうちゃんはアリス様のどんなところが好き?」
「……動物の前だと柔らかい表情見せてくれるところ」
「分かる!!!」
「こ、声デカ……」
「ご、ごめん……」
「……ふふ」
その時彼女は初めて笑った。こんな顔で笑うんだ。可愛いと思った。可愛いと、思った。
あの時から好きだったのだろうか。女の子に恋をしたことなんてなかった。するとも思わなかった。友人に言われなかったら気づかなかっただろう。すうちゃんは私のことをどう思っているのだろう。彼女とのトーク画面を開き「私のことどう思ってる?」と打ち込んで、消す。これは直接聞きたい。カレンダーを見る。クリスマスイブまではあと、一週間だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます