第2話:もう付き合っちゃえば?
「クリスマスパーティー、どっちの家でやる?」
クリスマスの話をしたその日、黒須さんからそんなメッセージが届いた。兄弟が三人居るらしい。兄一人、妹二人の四兄弟。そして両親の六人家族。対する我が家は父と娘の二人だけだ。しかも父は仕事でほとんど家にいない。年末は特に忙しく、母が亡くなってからはクリスマスパーティーも誕生日パーティーもしたことがない。翌朝にはちゃんと、誕生日おめでとうという父からの手紙が添えられたプレゼントと、メリークリスマスとサンタクロースからの手紙が添えられたプレゼントがそれぞれ置いてあり、ケーキが冷蔵庫に入っている。
娘のためにわざわざ誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを別々に用意するくらいだ。愛されていないとは思わないが、やはり寂しい。黒須さんの家に行けば、賑やかなパーティーになる。だけど多分、私は家に一人で過ごすことになる父が気掛かりで楽しめないだろう。
「うちでも良い? お父さんを一人にさせたくないんだ」
そうメッセージを返信すると、五分くらいして了解のスタンプがきた。とはいえ、まだ父からの了承は得ていない。そのことも黒須さんに伝えてから、ソファでくつろいでいる父の隣に座る。撮り貯めたドラマを見ていた父は「どうした?」と私を優しい目で見つめる。
「クリスマス……なんだけどさ……」
「ああ……大丈夫だよ。誕生日プレゼントは用意するし、サンタさんもちゃんと来るから」
「……そうじゃないの。それは別に気にしてない。それより、友達呼んでパーティして良い?」
「友達……? うちに来るのか? こんな狭い家でいいなら良いけど……」
「大丈夫。呼ぶのは一人だけだから」
「……一人? まさか彼氏か!?」
「は!? 違うよ! 女の子!」
「彼女か!?」
「ち、違うし! 友達だってば! 今年はその子とクリスマス過ごすから! そ、それで……ご馳走、お父さんの分も作るから。だから……無理しなくていいけど、出来るだけ早く帰ってきてもらえたら……嬉しい」
「……雛……」
「ああ、あと……サンタさんに言っといて。今年は……というか、今年からはクリスマスプレゼント要らないって。お父さんが誕生日プレゼントくれるから、それで充分だって」
「……分かった。伝えておくよ」
「うん。お願いね」
了承を得たことを黒須さんに伝える。するとすぐに「こん中でどうしても食えないものある?」というメッセージとともに、レシピがいくつか送られてきた。どうやら当日はこれを作るらしい。ローストチキン、クリームシチュー、ポテトサラダ、それからクリスマスケーキ。ケーキは父が買ってくると思うが、パーティーに間に合うかはわからない。どうしてもほしいなら少なめにしてほしいと伝える。
ケーキといえば、クリスマスイブが誕生日であることはまだ伝えていない。伝えると「マジで? キリストじゃん」と思わぬ返信が来た。キリストの生誕日は25日だよとツッコミを入れ「プレゼント、分けなくて良いからね」と付け足す。お父さんは毎年二つに分けてくれていたが、正直重かった。気持ちは嬉しいのだけど。そのことを黒須さんに話すと「分かった。プレゼントは一つにするね」と返ってきた。そしてグループに招待される。グループ名は『第一回、すうちゃんの誕パ兼クリパ会議』二人しかいないのにグループなんて作ってどうすんだよと苦笑いすると、彼女は個人チャットの方でこう言った。「普通に個人でチャットしてたら、そのうち関係ない話で全部流れていっちゃうから」と。
つまり、このクリスマスパーティーに関する会話ログだけを、いつでもすぐに見返せるように別のところに残したいということらしい。なんだそれ。さりげなく第一回ってつけてるし。来年以降もやるつもりなのだろうか。彼氏ほしいとか言ってたくせに。だけど、嬉しい。このまま彼氏なんて一生作らないでほしい。毎年一緒に私とクリスマスを過ごしてほしい。この独占欲は、ただの友達に向ける感情であっているのだろうか。違う気がするけれど、はっきりと違うと断言することも出来ない。なんせ私は恋というものをしたことが無いから。思春期に入る前に母が亡くなって、特に仲が良かったわけでもないクラスメイト達が急に優しくなって、大人からも子供からも可哀想可哀想と哀れまれて、誰かを好きになる余裕なんてなかった。
『もう付き合っちゃえば? あんたさー、本当は男なんて好きじゃないでしょ』
黒須さんの友達が言っていた言葉が蘇る。黒須さんは彼氏ほしいと口癖のように言っているし、付き合っては別れを繰り返している。好きでもないのに寂しいから誰かと付き合いたいなんて、私には理解出来ない。あんなに友達が居るのに。私が居るのに。
『もう付き合っちゃえば?』
黒須さんの友達の声がこだまする。付き合うってどういうことだろう。いや、意味は分かるが、自分が誰かと恋人になるというイメージが出来ない。自分以外の人でなら出来るのに。例えば黒須さん——
『すうちゃん。好きだよ』
何故か私に笑いかける黒須さんの顔が浮かんだ。違う違う。黒須さんの相手は私じゃなくて——。
『ちなみにあたし、女の子とも付き合ったことあるよ。教えてあげようか。色々と』
そう言っていた黒須さんのギャル友が相手として浮かぶ。それはなんか、嫌だ。じゃあ誰なら良いんだ。誰でも嫌だ。やっぱりこの独占欲は、友達に向けるものでは無いのかも知れない。
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