三田と黒須

三郎

第1話:ギャルと猫

 12月25日。クリスマス。本来はこの日は、イエスキリストの降誕記念日であるのだが、現代ではこの前日から当日にかけてを恋人や家族など大切な人と過ごす特別な日となっている。性夜なんて揶揄されることもあり、そんな日を一人で過ごす人間は馬鹿にされがちだ。「このままだとあたし、今年もクリぼっちになっちゃう。彼氏ほしいー」なんて嘆く声が聞こえてくる。くだらないなと思いながらも、声が聞こえた方に目を向ける。嘆いていたのは、クラスメイトの黒須くろすひじりさん。クラスでも目立つグループの中にいる、カースト上位の女の子。英語で十字架を意味するクロスに、聖の聖。クリスマスみたいな名前だなと苦笑いする。ちなみにそういう私の名前は、三田みたすう。私の名前を初めて見た人は当たり前のように『ひな』と読むが、読み方は『すう』である。訂正すると大体、なんでだよと顔をされる。分かる。私も同じ気持ちだ。一応、読めなくはないけど。三田はサンタとも読めるから、サンタクロースウなんて呼ばれたりもした。

 そんな私は誕生日がクリスマスイブである。故に、クリスマスプレゼントと誕生日プレゼントは一緒にされがちだ。しかし、親はわざわざ別に用意してくれる。クリスマスプレゼントはサンタさんが用意するものだからなんて言って。鶵と書いてすうなんて変な名前つけやがって。素直にひなと読ませて欲しかった。などという怒りはあるものの、そういうところがあるから憎めない。

 ちなみに、名付け親は母であり、その母は私が幼い頃に亡くなっている。以来、父が男手一人で育ててくれている。

 変わった名前に加え、父子家庭という少々特殊な家庭環境に置かれている私は、いつも悪い意味で目立っていた。一応友達は居たが、最初だけだ。父子家庭で育っている私を哀れな目で見ているのではないかという考えが、深い人間関係を築くことを拒み、みんな自然と離れていき、ぼっちになる。だけど、そんな私には一人だけ、気になる人が居る。それが黒須聖という『クリぼっちは嫌だから彼氏ほしい』などと訳のわからないことをほざくあのギャルである。正直、ああいう考えは苦手だし、理解出来ない。私みたいな陰キャとは住む世界が違う人だと思っていたのだが、彼女はたまに私に絡んでくる。

 スクールカーストトップで誰とでも仲のいい彼女が、なぜ教室の隅で寝ているぼっちの私に馴れ馴れしく話かけてくるのかというと、答えは私がカバンにつけているこの女の子のキャラのストラップにある。『クズな君を愛してあげる』という、アニメのヒロインである。原作は、攻略対象全員クズがコンセプトの一風変わった乙女ゲームだ。黒須さんはこのヒロインに一目惚れし、内容も知らずにアニメを一気見し、原作ゲームまで買うほどハマったらしい。しかし、マイナーなアニメが故に語れる友人はSNSにしかおらず、仲間に飢えていたのだという。最初は戸惑った。だけど、仲間に飢えていたのは私もだった。深い関係を築くのは怖かったが、彼女とならと、思えた。彼女は私が父子家庭だと知っても態度を変えなかったから。それなのに、彼女は私以上に恋愛が大事らしい。何がクリぼっちだ。くだらない。

 要するに、私は拗ねているのだ。悔しいが、自覚はある。ため息を吐くと、黒須さんが私の視線に気付いたのか「すうちゃん、おいでー」と手招きをした。席を立って彼女の元へ向かうと彼女は「ここ、空いてるぜ」と膝を叩く。普段なら断るのだが、あえて彼女の膝の上に座ってみる。想定外だったのか、固まってしまった。


「……えっ、なに? デレ期? なに?」


「……クリスマス」


「クリスマス?」


「……一人が嫌なだけなら、わざわざ彼氏なんて作らなくても、私で良いじゃん」


 変な沈黙が流れる。彼女の友人の視線が痛くて、顔を伏せる。何を言っているんだ私は。これではまるで告白ではないか。


「……やっぱり、聞かなかったことに「やだ。取り消さないで。クリパしよ。二人で」


 思わず振り返ると、彼女は必死な顔をしていた。ぼっちにならないように彼氏作らなきゃとか言ってたくせに。なんだか恥ずかしくなり、また顔を机に伏せる。


「なに? あたしらは誘ってくんないの?」


「あんたらは彼氏が居んだろ。しっしっ」


「とか言ってあんた、すうちゃんと二人きりが良いんでしょ」


「もう付き合っちゃえば? あんたさー、本当は男なんて好きじゃないでしょ」


「は、はぁ!? そんなこと……」


「すうちゃんといる時の方が良い顔してるよー」


「ちなみにあたし、女の子とも付き合ったことあるよ。教えてあげようか。色々と」


 なんて彼女を揶揄うギャル達。今彼女はどういう顔をしているのだろうか。背中側にいるかわからないが「や、やめなよ。すうちゃん困ってるじゃん」と、私を言い訳に使う黒須さんの声はなんだかいつもより弱々しい。なんだか、私の心臓が速い気もする。なんだこれ。恥ずかしさに耐えきれず、彼女の上から降りて席に戻る。


「あ。逃げちゃった」


「すうちゃんってさ、なんか猫みたいだよね」


「いいなぁーあたしも膝に乗っけたいにゃあー」


「お前、ガチで狙ってね?」


「やだなぁ。友達の好きな子には手ぇ出さねえって」


「またたびあげたら寄ってくるかな」


「あたし持ってるよ。またたびスプレー」


「マジで? なにそれ。貸して」


「ちょっと待ってね」


「持ち歩いてんのウケる」


「てか、リアル猫にしか効果ないだろそれ」


「猫缶の方がまだ効果あるんじゃない?」


 なんだか怖い会話が聞こえてくる。聞こえないふりをして机に伏せていると、足音が近づいてきた。足音は私のすぐそばで止まる。顔を上げて横を見ると、目の前に黒須さんの顔があった。近い。再び顔を伏せる。


「……すうちゃん、あたし、クリスマスイブ空けとくから」


「……良いよ。別に。彼氏作ってそいつと過ごすんでしょ」


「いや。空けとく。空けとくから、すうちゃんもクリスマスまで恋人作んないでね」


「心配しなくてもできないから。黒須さんと違ってモテないし。……モテたいとも思わないし。黒須さんと違って」


「めっちゃ拗ねてんじゃん」


「拗ねてない」


「……ごめんね。寂しい想いさせて」


「……何それ。恋人かよ」


「……」


 突っ込むと、彼女は黙ってしまった。変な空気だ。どんな顔をしているのか、確認するのが怖い。心臓がうるさい。何かを期待しているように騒いでいる。気まずい。話題を変えなければ。


「……私……黒須さんと違って友達居ないから。友達とクリスマスパーティーとか、したことないから。勝手がわかんないから……その辺、任せる……」


 顔を伏せたまま言うと、彼女は黙ってしまった。聞こえてなかっただろうか。顔を上げようとすると、「任せて!」と教室中に響くほどの元気な返事をした。どんだけ楽しみなんだよと、黒須さんの友人達の笑い声が聞こえてくる。やっぱり私、黒須さんを始めとしたギャル軍団のことはちょっと苦手だ。だけど、嫌な人たちではない……と、思う。彼女達を友達と呼んで良いかは微妙なところだが、黒須さんだけは、そう呼んでも良いのかも知れない。

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