第二十五話  薬士 其の二

「下手な嘘はつかんとってや。2人ともご立派な剣を持っているみたいやけど、しょせんは異国人の女と見るからに弱そうな優男やさおとこやないか。それでも自分らのことを道士どうしと言い張るなら、ちゃんとした証拠を見せんかい」


 少女は鼻息を荒げて言い放ってくる。


 なるほど、一理あるな。


 俺とアリシアは、道士どうしの証拠である道符どうふを少女に見せた。


「……おいおい、何やこれは? ふざけるのも大概たいがいにしいや。道士どうし道士どうしでも最低等級の第5級やないか」


 はあ、と少女は大きなため息を吐いた。


「自分ら道家行どうかこうでこれまでの経緯けいいを聞いてこんかったんか? 第1級の道士どうしでもは追い出せんかったんやで? あんたらみたいな新人と変わらんような等級の道士どうしなんてお呼びやない」


 シッシッと野良犬でも追い払うように少女は手を振った。


 さっさと帰れという意味だろう。


 とはいえ、事の詳細を見極めるまでは俺たちも引くに引けない。


 この薬屋の敷地内に本当に妖魔が住み着いているのか?


 その妖魔はアリシアが探している魔王という異国の妖魔なのか?


 住み着いていたとして、妖魔から発せられる妖気を感じないのはなぜか?


 これらのことを確認するまでは、俺たち――特にアリシアは、どんなことをされてもここから絶対に帰ろうとはしないだろう。


 もちろん、アリシアへの協力を惜しまない俺も同じだ。


 敷地内に入れさせてもらえないならば、入れさせてもらえるまではここでずっと野宿することもかまわない覚悟である。


 だからこそ、俺は少女に「頼む」と頭を下げた。


「何はともあれ、まずは主人にお目通しをしてくれないか? 確かに俺たちは新人と変わらない最低等級である第5級の道士どうしだが、これまでの道士どうしたちとは違った結果を出すことをちかう。それは約束する」


「私も約束するわ。絶対にそんはさせない」


 俺たちの強い覚悟が伝わったのだろうか。


 少女は「う~ん」と眉間みけんにしわを寄せてうなった。


「やっぱりアカン。どんなに頼まれても弱い道士どうしなんて必要ない。またいらん治療に時間をついやされるだけや……それとも何か? うちが納得できるほどの実力をあんたらは見せられるんか?」


「たとえば?」


 と、き返したのはアリシアだ。


「そうやな……たとえば第1級の道士どうしでもってくるんが難しい薬草や薬果やくかのどれか1つでもってこれるとかや」


 自信ありげに指摘した少女は、腰に携帯していた竹製の水筒すいとうを手に取っておもむろにふたを開けた。


「薬草なら龍肝草りゅうかんそう断火芝だんかし薬果やくかなら玉華棠ぎょくかとう仙丹果せんたんかあたりか……まあ、第5級の道士どうしには絶対に無理やろうけど」


 そう言うと少女は、水筒すいとうの口を自分の口につけて中身をぐいっと飲む。


仙丹果せんたんかならここにあるぞ」


「ぶううううううううう――――ッ!」


 少女は盛大に水をき出すと、何度もき込んでから俺に顔を向けた。


「冗談抜かすなや! 仙丹果せんたんかは第5級程度の道士どうしれるもんちゃうぞ!」


 実際に見せないと納得しないか。


 俺はアリシアに了承りょうしょうもらい、荷物入れから仙丹果せんたんかを取り出した。


 その仙丹果せんたんかを少女にぽんと渡す。


「ほ、本物ほんもんや……本物ほんもん仙丹果せんたんかや!」


 わなわなと全身を震わせた少女に俺は言った。


「先に言っておくが盗品じゃないからな。この中農ちゅうのうの街に来る道中どうちゅうに俺がったんだ。ちなみに仙丹果せんたんかを好物にしていた山都さんとの群れも根こそぎ倒した」


 山都さんとというのは、山中深くに住む猿人えんじんのような妖魔だ。


 全身は分厚くて黒い体毛でおおわれており、人間の背骨とほぼ同じ強度の青竹すら楽々と握りつぶせるほどの膂力りょりょくを持っている。


 そして身体能力もさることながら、山都さんとは必ず5体以上の群れで行動していた。


 ゆえに等級が上の道士どうしたちも、山都さんとが好物にしている仙丹果せんたんかりに行く場合は他の道士どうしたちと共闘する場合が多いという。


 十中八九、山都さんとの群れと闘う羽目はめになるからだ。


 しばし放心していた少女は、やがて仙丹果せんたんかから俺に視線を移した。


「兄さん、うちはあんたに興味が出てきたわ。どうして仙丹果せんたんかれるほどの腕前を持っていて第5級なんかは知らんが、とにかく立ち話も何やから全部ひっくるめて中で話そうか」


 少女は仙丹果せんたんかを俺に渡すと、すたすたと門をくぐって中へ入っていく。


「待った。俺たちはまだここの主人に中へ入っていいか許可きょかもらってないぞ」


「ああ? 許可きょかなんて今したところやないか」


 少女は立ち止まると、顔だけを振り返らせた。


「うちが百草ひゃくそう神農堂しんのうどうの主人の薬士くすし――李春花り・しゅんかや」

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