第二十三話  特別な妖魔

 翌日の昼過ぎ。


 俺は広場のはしっこで水連すいれんさんだけに腰の施術せじゅつをしたあと、アリシアとともに意気揚々いきようようとこの街の道家行どうかこうへと向かった。


 もちろん、東安とうあんまでの路銀ろぎんを調達する仕事を探すためだ。


 しかし――。


「今のところ、報酬ほうしゅうが出るほどの妖魔討伐とうばつの仕事はありませんね」


 開口一番、受付嬢の女性にそんなことを言われてしまった。


「それ以外でしたら農作物を荒らす害獣がいじゅう駆除くじょや、別の街へ行く行商人の護衛任務などがありますが……」


「あれ? 護衛任務は鏢家行ひょうかこう鏢士ひょうしの仕事じゃないんですか?」


 鏢家行ひょうかこう


 それは道家行どうかこう薬家行やくかこうとも並ぶ組織の名前だ。


 貴重な商品を運ぶ行商人や隊商キャラバンの護衛を中心に活動し、その護衛活動を専門としている人間のことは鏢士ひょうしと呼ばれている。


「確かに護衛の仕事は鏢家行ひょうかこうが取り仕切っていますが、妖魔や盗賊の数が年々増えていることもあって、本当に人手が足りない場合は道家行どうかこうにも護衛の仕事が回ってくるんです」


 俺の質問に受付嬢は素直に答えてくれた。


 なるほど、と思った俺はさらにいた。


「ちなみに王都の東安とうあんまでの護衛任務はありますか?」


 この質問には隣にいたアリシアも「良い考えね」とうなずいてくれた。


 俺たちの目的は東安とうあんへ行くことであり、この中農ちゅうのうの街で妖魔討伐とうばつを専門にしたいわけではない。


 なので東安とうあんまでの護衛任務があるのなら、その仕事を請け負えば生活費の入手と目的地まで行けて一石二鳥いっせきにちょうではないかと考えたのだ。


 だが、受付嬢はあまり良い顔をしなかった。


「残念ながら、東安とうあんへの護衛任務はほとんど道家行どうかこうに回ってきません。何せ護衛を頼む行商人たちは東安とうあんで商売をすることがあこがれであり名誉めいよなことですから、それこそ大金を払っても専門の鏢家行ひょうかこうに依頼するんです」


 ですので、と受付嬢は仕事の依頼が記載きさいされている台帳だいちょうをパラパラとめくる。


「今ある仕事ですと数日かもっと掛かる、長期的な薬草採取の仕事でしょうか」


 数日以上はかかる薬草採取?


 俺が頭上に疑問符ぎもんふを浮かべると、アリシアが俺の代わりにたずねてくれた。


「薬草をるのにそんなに掛かるんですか?」


「ここ最近、街の近場でれる薬草の数が減ってきているんですよ。それで主だった道士どうしたちは、貴重な薬草を求めて遠くの採取場所へ行っているんです」


 無知な俺たちに受付嬢は丁寧ていねいに教えてくれた。


「そのため、薬草が好物な妖魔たちも街から遠ざかっているんですよ。まったく出没しゅつぼつしないというわけではありませんが、それこそ討伐とうばつ対象になるほどの凶悪な妖魔は以外ではありま……」


 そこで受付嬢はハッとしたような表情を浮かべた。


 まるでうっかり口をすべらしたという顔だ。


 例の妖魔?


 当然のことながら、俺はその言葉を聞きのがさなかった。


 それは水連すいれんさんからの口からも出てきた言葉だったからだ。


「ちょっと待ってください。さっきは無いと言っておきながら、魔物……妖魔討伐とうばつの仕事があるんですか?」


 アリシアが言い寄ると、受付嬢は明らかに動揺どうようした。


 それでもアリシアは本当のことを教えて欲しいとばかりに、挙動不審きょどうふしんになった受付嬢をじっと食い入るように見つめた。


 やがて受付嬢は観念かんねんしたのだろう。


 おそるおそる俺たちを交互に見ながら口を開いた。


「実は1件だけ妖魔討伐とうばつの仕事があるんです……ですが、私どものほうからはおすすめできません」


「なぜですか?」


「あまりにも強すぎるからです」


 受付嬢は半ばしどろもどろになって答える。


「強すぎると言っても実際にはどれぐらいの強さなんですか? 第3級……まさか、第2級の道士どうしでもかなわないほどではないでしょう?」


 俺の問いかけに受付嬢は首を左右に振った。


「……いえ、その妖魔には第1級の道士どうしでもまったく歯が立たないんです」


 これには俺も驚きを隠せなかった。


 第1級の道士どうしの手に負えない妖魔など、下手をすると街をほろぼしかねない災害級の強さを意味している。


 しかし、そんな凶悪な妖魔に街の人たちがおびえている様子はなかった。


 昨日、広場で水連すいれんさんたちに無償むしょう施術せじゅつをしたときもそうだ。


 加えて水連すいれんさんの口から「例の妖魔」という言葉が出たときも、世間話程度の印象ぐらいにしか感じなかった。


 では、受付嬢が俺たちに嘘を言っているのだろうか?


 俺は「いや、それはないな」と判断した。


 どう見ても受付嬢が嘘を言っているようには見えないし、そんな嘘を俺たちにつく理由がそもそもない。


 などと俺が思ったとき、アリシアが俺の肩をポンポンと叩いてきた。

 

 俺は「どうした?」とアリシアに顔を向ける。


「もしかして、その妖魔は私が探している魔王かも……」


 俺はアリシアの言葉に目を丸くさせた。


 確かに第1級の道士どうしが手に負えないとなると、もしかするとアリシアが探している魔王という妖魔の可能性もある。


龍信りゅうしん、その妖魔討伐とうばつの仕事なんだけど……」


 もちろん、アリシアが何を言いたいのかなど手に取るように分かる。


「ああ、請けよう」


 俺とアリシアは、その例の妖魔の討伐とうばつを請けたいと受付嬢に伝えた。


「ほ、本当にこの仕事を請ける気ですか? あなたたちはまだ第5級の道士どうしなんですよね? 下手をすると大怪我をするだけでは済みませんよ」


 断られるのは百も承知しょうちだったが、ここで引き下がるつもりは俺たちにはない。


「お願いします。その妖魔の討伐とうばつを請けさせてください。それとも、他の誰かがすでに依頼を請けているんですか?」


「いえ、今のところ誰も請けてはいませんが……」


「それはなぜです? 第1級の道士どうしが手に負えないほどの妖魔がいるのに、この街の道家行どうかこうはそれを放置しているんですか?」


「そういうわけではありません。ただ、うちの道家長どうかちょうが別に放置しておいても大丈夫だと判断したんです」


 俺とアリシアは互いに顔を見合わせ、そして同時に受付嬢に視線を送る。


 すると受付嬢は「え~と、つまり」と例の妖魔についての事情を教えてくれた。


 その妖魔はいつからかとある薬士くすしの家の敷地内に住むようになり、その薬士くすし道家行どうかこう討伐とうばつ依頼をしたこと。


 最初は下の階級の道士どうしたちが討伐とうばつに向かったが返り討ちに遭い、やがて第1級を含む上の階級の道士どうしたちが出張ったものの、誰1人としてその妖魔を討伐とうばつすることが無理だったこと。


 そして道家行どうかこうはその妖魔が薬士くすしの家の敷地内にいるだけで特に街への被害はないと判断したため、依頼した薬士くすしには悪いがほぼ放置することに決めたこと。


 俺とアリシアはようやく納得した。


「要するに、立ち向かわなければ被害は出ないということですね?」


「はい、その通りです。それにあまり大きな声では言えませんが、その依頼した薬士くすしの父親が何者かに……いえ、それは関係ありませんでしたね。とにかく、この仕事は第5級の道士どうしにはあまりおすすめは……」


 できません、と受付嬢が言おうとしたときだ。


「請けます!」


 俺とアリシアは強く声を重ねて言った。


 その後、俺たちは道家行どうかこうから承諾しょうだくもらって例の妖魔の討伐とうばつに向かった。


 中農ちゅうのうの街では、色々な意味で有名だった薬士くすしの元へと――。

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