第十九話   今後について

「やっぱり、どう考えても納得がいきません! どうして、せっかく龍信りゅうしんさんがってきた薬草が没収ぼっしゅうされないといけなかったんですか!」


 アリシアさんは勢いよく立ち上がると、卓子テーブルをドンッと強く叩いた。


 直後、周囲の客から「何事だ?」という視線が一斉いっせいに飛んでくる。


 アリシアさんはハッと気がつくと、俺たちに奇異きいな目を向けてきた客たちに「おさわがせして申し訳ありません」と何度も頭を下げていく。


 さて、これからどうするかな。


 現在、俺とアリシアさんは「太平飯店たいへいはんてん」という名前の料理屋に来ていた。


 すでに日はしずみ、中農ちゅうのうの街にはねっとりとした濃い闇が広がっている。


 外から農作物を売りに来た農家などはとっくに家へと帰っている時刻だ。


 その代わり露店ろてんを開いていた行商人や、特別な仕事にいている者たち――道士どうし薬士くすしなどは昼間よりも活動的になる。


 すなわち〝飲む(飲食いんしょく)・打つ(賭博とばく)・買う(風俗ふうぞく)〟を堂々とやれる時刻になったからだ。


 もちろん、道士どうしはしくれである俺たちも同じだった。


 まあ、俺とアリシアさんの場合は飲む(飲食いんしょく)だけだったが……。


 それはさておき。


 アリシアさんがいつもより感情的になっているのは当然だ。


 まさか、薬家長やくかちょう仙丹果せんたんかを除いた他の薬草のすべてを不当な理由で没収ぼっしゅうするとは夢にも思わなかった。


 どうやら薬家長やくかちょうのみならず、この街の薬家行やくかこう自体がくさりきっているのだろう。


 薬家行やくかこうでの事情を聞けば聞くほど、普段から温厚おんこうな俺でも腹に黒いモノがまるような感じがしてくる。


 とはいえ、その感情に身をゆだねるのはよろしくない。


 薬家行やくかこうという組織も、道家行どうかこう双璧そうへきすほど華秦国かしんこくの各街に存在する。


 そして人間の生死に直結する薬などを扱うため、道家行どうかこうよりも他の分野の組織とつながりが強いという噂だ。


 しかも薬家長やくかちょうの言動や態度からさっするに、末端まったん街卒がいそつ(警察官)どころかてい(警察署)全体と懇意こんいにしている可能性が高い。


 だとすると、やはりここはくやしいが泣き寝入りするしかないだろう。


 もしも俺とアリシアさんが改めて文句を言いに行った日には、それこそ簡単に街卒がいそつ(警察官)を呼ばれて逮捕たいほされるに違いない。


 それ自体も最悪な展開だったが、もっと最悪なのは表向きの事情だけを知った道家行どうかこうから道士どうしの資格を永久に剥奪はくだつされることだ。


 俺だけなら別に道士どうしの資格を剥奪はくだつされても構わなかったが、特別な事情でこの華秦国かしんこくにやってきたアリシアさんにはこくだった。


 アリシアさんには魔王を倒すという確固かっこたる使命がある。


 その使命を果たすためには、裏の情報も手に入る道士どうしである必要があるだろう。


 だからこそアリシアさんのためを思えば、下手に薬家長やくかちょうめて今後の旅に悪影響が出ることだけはけたい。


 などと思った俺は、興奮しているアリシアさんに言った。


「落ち着いてください、アリシアさん。アリシアさんは何も悪くありません。今回のことは俺にがあります」


 俺がそう言うと、周囲の客たちに頭を下げ終わったアリシアさんが着席する。


「そんな……龍信りゅうしんさんは悪くないですよ」


 いいえ、と俺は首を左右に振った。


「俺が全面的に悪かったんです。久しぶりに〈龍眼りゅうがん〉を使ったせいで、薬家行やくかこうの人たちに怪しまれる薬草までってしまったんですから」


「〈龍眼りゅうがん〉?」


 アリシアさんは頭上に疑問符を浮かべ、〈龍眼りゅうがん〉とは何かをいてくる。


 俺は隠す必要も理由もなかったので、アリシアさんの質問に答えた。


「〈龍眼りゅうがん〉とは精気の扱いにけた、道士どうしが使う特殊な技――〈精気練武せいきれんぶ〉の1つです……そう言えば、以前はまだアリシアさんが道士どうしになる前でしたからさわりぐらいしか教えていなかったですね」


精気練武せいきれんぶ〉のさわりだけを教えたときというのは、アリシアさんの体内から魔王の呪いを消したあとである。


 そのとき俺はアリシアさんに対して〈発剄はっけい〉と〈硬身功こうしんこう〉、そして〈保健功ほけんこう〉の3つだけしか教えていなかったのだ。


 俺はアリシアさんから厨房ちゅうぼうのほうへと顔を向ける。


 すでに料理はいくつも注文してあるが、店内はそれなりの数の客で混雑こんざつしているため、頼んだ料理が来るのはもうしばらく先だろう。


 俺は再びアリシアさんに視線を戻した。


「ちょうど良い機会です。アリシアさんも正式な道士どうしになったことですし、この国の道士どうしが使う〈精気練武せいきれんぶ〉について話しましょう」

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