第十八話   奉仕

「おお~、すげえ! あれだけ回らなかった肩がうそのように動くぜ! 兄さん、ありがとよ!」


「いえいえ、それではお大事に……はい、次の人どうぞ」


 俺は肩の調子が悪いと言ってきた中年男の肩こりを治すと、その中年男の次に並んでいた老人の病状を聞くため、手前の椅子に座るようにうながす。


 そろそろひつじこく(午後1時~午後3時)も終わる頃だろうか。


 現在、俺はまだ広場のはしっこにいた。


 すでに水連すいれんさんの腰の施術せじゅつは終わっており、その水連すいれんさんはぴんと伸びた姿勢と満面の笑みで俺の後ろに立っている。


 それはさておき。


 俺の目の前には20人以上の老若男女ろうにゃくなんにょたちが長い列を作っていた。


 見物人たちではない。


 この20人以上の老若男女ろうにゃくなんにょたちは、俺の施術せじゅつを希望して並んでいる患者たちである。


 しかもこの場には俺と患者用の2つの椅子と、うつ伏せにならないと施術せじゅつできない患者用の長卓まで用意されている有様ありさまだ。


 当然ながら椅子と長卓を用意したのは、俺がこれからる患者たちである。


 さて、なぜこんなことになったのか。


 事の発端ほったんは、俺が行っていた水連すいれんさんの腰の施術せじゅつだ。


 最初はふらりと1人の年配の女性が近づいてきて、俺の水連すいれんさんに対する施術せじゅつを興味深く見つめていた。


 そして施術せじゅつが終わって水連すいれんさんの身体を整えると、その年配の女性は私もして欲しいと言ってきたのだ。


 そこで軽く「いいですよ」と安請やすうけ合いしたのがマズかった。


 年配の女性の施術中せじゅつちゅうに今度は若い男がやってきて、次は俺の身体もて欲しいと頼んできたのである。


 それからはあれよという間に人だかりができて、その人だかりが行列になるのにあまり時間は掛からなかった。


 特に腰の施術せじゅつの要望が圧倒的に多かった。


 それぐらい、この街の人々は腰の負担になっているような仕事を長時間しているのだろう。


 そんな事の経緯けいいを思い出していると、目の前の老人が「先生、ワシは腰もそうじゃがひざも痛くてのう」と症状をうったえてくる。


 俺は医術者じゃなくて道士どうしなんだけどな。


 などと考えていてもらちが明かない。


 それにやろうと思えばここで中断することも可能だが、こうして赤の他人に奉仕ほうしして感謝されるのは実に新鮮でうれしかった。


 なので俺は求める人間がいる限り、今日は施術せじゅつを止めるつもりはない。


 つまり、俺がやることは1つである。


 よし、来るなら来い!


 俺は覚悟を決めて片っぱしから施術せじゅつをしまくった。




 一方、その頃――。


 私は道中どうちゅうで入手した薬草を売るために、薬家行やくかこうへと足を運んでいた。


 基本的にこの華秦国かしんこくでは道家行どうかこう薬家行やくかこうも似たような造りになっているので、場所さえ分かってしまえば辿たどり着くのは簡単だ。


 そして私は路銀ろぎんの調達によく色々な街の薬家行やくかこうを利用していたため、この初めて来た中農ちゅうのうでも簡単に薬草の売買が出来るとたかくくっていたのだが……。


「正直に言うんだ。一体、これらの薬草はどこの誰からぬすんできた?」


「だから、何度も言っているではありませんか! どの薬草も私と私の仲間でったものです! 盗品なんかじゃありません!」


 現在、私は受付口で薬家長やくかちょうめにめていた。


 どれぐらいめているのかと言えば、午後1時半ぐらいに薬家行やくかこうに来てから、そろそろ午後3時を過ぎる今になっても続いている。


 ただし、実際に薬家長やくかちょうと口論している時間はまだわずかだったけど。


 それはさておいて。


 では、どうしてこんなことになったのか。


 事の発端ほったんは、最初に私が受付嬢に薬草を売りたいと申し出たことだった。


 それだけなら、何らおかしいことではない。


 薬師やくしギルドに通じる薬家行やくかこうでは、薬や医術に関する特別な資格がない者でも薬草の売買が可能だ。


 それはすでに他の街の薬家行やくかこうで知っていたことである。


 だからこそ、私は龍信りゅうしんさんと一緒にった薬草を売って路銀ろぎんの足しにしようと薬家行やくかこうおとずれたのだ。


 けれども私がいくつもの薬草を見せた直後、受付嬢は青ざめて奥の部屋に引っ込んでしまった。


 それからかなりの時間を待たされた末に私の前に現れたのは、薬家行やくかこうのリーダーの薬家長やくかちょうだった。


 そう、目の前にいる40代後半とおぼしき男が薬家長やくかちょうだ。


 特徴的な獅子鼻ししばなに、脂肪がたっぷりとまった酒樽さかだるのような身体をしている。


 そんな事の経緯けいいを思い出していると、ついに限界を迎えたのか薬家長やくかちょうは鼻息を荒げて言い放った。


「嘘をつくな! 貴様、これらの薬草がどれほど貴重で採取が難しいのか分かっているのか!」


 薬家長やくかちょうはバンッと勢いよく受付台をたたく。


申菽しんしゅく杜茝とぎどころか、ここらでも入手が困難な龍肝草りゅうかんそう断火芝だんかし、果ては道士どうしの力を向上させるという仙丹果せんたんかまであったんだぞ! どれもこれも第1級の道士どうしでも見つけるのが困難だと言われている代物だ!」


 そ、そんなに貴重な薬草だったんだ。


 私は受付台の上に置かれた、主に龍信りゅうしんさんがってきた薬草を見る。


 受付台の上には薬家長やくかちょうが言葉に並べた薬草以外にも、私がいつものようにっていた桂枝けい甘草かんぞうなどもあったが、どうやらこれらは普通の薬草すぎて薬家長やくかちょうの目には入っていないらしい。


 などと私が思っていると、薬家長やくかちょうは私に人差し指を突きつける。


「しかも貴様と連れは、最低等級である第5級の道士どうしと言うではないか! だとしたら、どう考えてもこれらの薬草を自力で入手できるなど不可能だろうが! いいから本当のことを言うんだ! どこの誰から盗んできた! 本当のことを言わないのなら、街卒がいそつ(警察官)を呼ぶことになるぞ!」


「――――ッ!」


 街卒がいそつ(警察官)のことは私も知っている。


 私の祖国で言うところの警邏隊けいらたいのことだろう。


 風の噂によると王国騎士団ほど厄介な存在ではないらしいが、それでも盗難の容疑ようぎで留置場に拘留こうりゅうという形になれば非常に面倒なことになる。


 もしかすると、道士どうしの資格を剥奪はくだつされることもあるかもしれない。


 なぜなら、私はこの国であまり歓迎されない異国人だ。


 もちろん龍信りゅうしんさんのような人種を気にしない人もいるだろうが、少なくとも目の前で激高げっこうしている薬家長やくかちょうは違う。


 街卒がいそつ(警察官)などを呼ばれたら最後、自分の立場と権力も利用して私に対するあらぬことを吹き込むだろう。


 目の前にいる薬家長やくかちょうがそういう性格だということは、その横柄おうへいな態度からひしひしと感じられる。


「……分かりました。もう結構です」


 これ以上、ここいるのは時間の無駄だ。


 私は大きなため息を吐くと、受付台に置かれていた薬草を再び荷物入れに仕舞おうと手を伸ばす。


 そしてその中の一つである、龍信りゅうしんさんが仙丹果せんたんかと呼んでいた卵型の果実を荷物入れに仕舞ったときだ。


「待て。これらの薬草はこのまま置いていくんだ」


「は?」


 私は薬家長やくかちょうが何を言っているのか理解できなかった。


 そんな私に薬家長やくかちょうは、下卑げびた笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「これらの薬草が盗品かどうかまだ分からないからな。もしも盗品だった場合、うちだけではなく他の薬家行やくかこうにも迷惑が掛かる。つまり――」


 その後、薬家長やくかちょうは意味不明なことをしゃべり続けた。


 やがて最後まで話を聞いたとき、私はようやく薬家長やくかちょうの言い分を理解した。


 要するに「お前が持ってきた貴重な薬草の数々は、俺の独断どくだん偏見へんけん没収ぼっしゅうする」ということらしい。


 それだけではない。


 もしも俺の提案にケチをつけるなら、問答無用で街卒がいそつ(警察官)に逮捕たいほしてもらうぞ、ともあんに匂わせてきたのだ。


「ちょっと待ってください! それはあまりにも――」


 ひどすぎます、と私が薬家長やくかちょうに伝えようとしたときだ。


薬家長やくかちょう、そろそろお時間です」


 と、今まで黙っていた受付嬢が口をはさんできた。


「おお、そうか。もう、いつもの定例会議の時間か……だったら、グズグズしているひまはないな」


 薬家長やくかちょうは私を見て「そういうわけだ」と言った。


 何がそういうわけか分からなかったが、ほどしばらくして私は薬家行やくかこうから追い出されてしまった。


 貴重な薬草の数々を没収ぼっしゅうされた上、二度とこの薬家行やくかこうに来るなと念を押されながら――。

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